意識高そうな映画
第21話 出発
もう一度、自分の力で瞼を開いた。
目の前にあったのは、柊ちゃんの横顔だった。
自分のタイミングで瞬きができる。
自分の見たい方向に目玉を転がせる。
柊ちゃんをよく見たくて、顎が上がる。
ああ、これは美帆の体じゃなくて、わたしの体だ。
わたしは柊ちゃんが好きだ。
この好きは、美帆のどっちの「好き」に近いんだろう。
下原先輩への好き、麻友…への好き。
や、せっかく戻れたんだから、美帆のことは、今はいい。
「……しゅ」
そして、世界が暗転する。
いつまで、わたしは「これ」を見続けるんだろう。
またもや、美帆の中に戻ってしまった。しかも、これに慣れつつある自分が嫌になる。
映画を見るように客観的に見られるのなら、まだいいんだけど、美帆の中から美帆の視点で、ほぼ見ているだけ。もどかしくて、まどろっこしくて、自分で自分の体を動かしたい、叫びたい。
でも、
自分の出生の秘密、や、秘密ってほど大層なものではないのだけど。
自分と同じくらいの背丈だった頃の親たちが、いつか、今の自分へと繋がっていく。わたしは、それを追っている。
なぜ、こんなことになったのか、この状態からどうしたら抜け出せるのか、それは解らない。
のんびりや。少し粗忽。でも、芯の通っている物静かな人。
それがわたしの知っているお母さん。
ぼんやり。少し粗忽。可愛いけど、なんだかはっきりしない。それが、美帆。
美帆が鏡をじっと見ている。
わたしは、鏡に映っている美帆と見詰め合ってるみたいだ。
美帆がわたしを見ている
そんな気がした
気が付くと、美帆が夏の装いになっていた。
美帆と下原先輩と麻友、3人の夏が始まっている。
海から吹き付ける強い風が、麻友の長い髪を散らかす。麻友は面倒くさくなったのか髪を抑えることを諦めて、風上に目を向けていた。麻友の視線の先には小さな島がある。
美帆は、連絡船のデッキに立っている麻友の姿を愛用の8mmカメラに収めていた。
島に渡るのだ。
映画研究会は、この夏、秋の大学祭向けに映画を撮影する。脚本のほとんどは舞台である或る小さな島なので、「夏合宿」と称して、キャンプ場が併設された島に行くことになった。撮影半分、もう半分は海水浴とキャンプじゃん。
そんな訳で、今、美帆たち映画研究会のメンバーは島に渡る連絡船に乗っている。美帆は客席に座らず、小さな展望デッキに登って、島に近付く風景と、それを見詰める麻友を撮影している。
もろに太陽の下だ。
美帆の中にいるわたしは、暑くて眩しくてたまらないのに、美帆はカメラに熱中していて、それらを感じていない。わたしばっかりキツいみたいで、なんかそれ狡くない?って思った。
日焼けするのも、将来的にシミになるのも、
美帆がゆっくりカメラを海からデッキへと動かすと、カメラのファインダーという小さな小さな世界に滑り込むように、船のデッキで島の方を見ている麻友がレンズの視野に滑るように入り込んだ。美帆は麻友にピントを合わせると、ちょうどピントが合ったところで、麻友が美帆に気付いて、ニヤリと悪い笑顔を見せる。
ニコリじゃないんだよなあ。
ああいう悪い笑顔は柊ちゃんも得意だ。
その笑顔に美帆とわたしが少し動揺して、カメラがブレた。
「美帆」
後ろから下原先輩の声が掛かった。
「浅野さん、ちゃんと撮っておいて」
「もちろん」
美帆は、下原先輩の方を見ないで、麻友を撮り続けている。
ああ、今、下原先輩はどんな顔をして、美帆と麻友のどっちを見ているんだろうな。麻友しか見ていない美帆の視界からは、それは分からない。
歪な三角形は、夏の島でも見られそうだ。
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