第7話 暗転
「……
週末の
わたしは相変わらず、お母さんに家を出ることが言えないでいたが、このDVDを見たら、何だか、それがきっかけに言えるような気がしていた。もちろん、何の根拠もない。
「うーん、お母さんたちの若い頃らしき映像を覗き見するって、そんなに悪趣味?」
実は、おばちゃんにも嗜められた。
隠してあったようなフィルムを観るなんて、お母さんが隠しておきたい秘密を暴くようなものだとおばちゃんは言っていた。
やめた方がいい、とはっきりと。
「なーんか着替えを覗いてるような気がするんだけど」
柊ちゃんもおばちゃんと同じようなことを言う。
「柊ちゃんは意外に頭が硬い」
生意気、って言って、柊ちゃんはわたしに缶ビールを渡した。わたしは缶ビールのプルに指を掛ける。
「ねえ、柊ちゃんだったら観ない?」
「私?うちの親たちの若い頃だったら、別に観たくもないわね」
「そういうもの?柊ちゃんちは離婚してないし、ご両親は今でも仲がいいからだよ」
わたしはため息を軽くつく。
「そんな顔しないで。気になるんだったら観ちゃいなよ。付き合うからさ。DVDをさっさと観て、ベッドに行こうよ、透子」
「すけべ」
テレビに正対するソファに並んで腰掛けて、柊ちゃんの肩に寄り掛かりながらリモコンの再生ボタンを押した。
柊ちゃんの手がうなじから首筋を撫で始める。
それが手じゃなくて唇に変わるのに、さして時間は掛からなかった。
「ちょ、やめて。集中できない」
「気にしなくていいよ」
気にするよ!
映っているのは、「麻友」さんだった。
切れ長の目が少しきつそうだが、楽しそうな笑顔を浮かべた時だけは幼く見える。
黒のロングヘアが風でなびく。コートと髪が一緒に踊るように翻って、その隙間から海からの反射が透けて光る。
海辺ではしゃいでいる。
フィルムのせいで海の青も空の青もくすんだ色だけれど、よく晴れた日であることは分かった。
声は入っていないものの、彼女の笑顔からはからからと楽しそうな笑い声が聴こえてきそうだ。
音は音楽だけ。この間、見付けたCDの中で、お母さんが気に入っていたというアルバムに入っていたバラードだ。
海の映像の合間合間に、別の機会に撮ったらしい麻友さんの色々な表情や、手や顔のパーツのカットが差し込まれている。衣装や背景が変わるだけでなく、アップ、ロングとカメラワークも変わる。怒ってたり笑ってたり、くるくると表情が変わる。そして、カメラマンと目が合うと照れ臭そうに微笑む。
カメラマンは、どれだけたくさん、彼女を撮影したのだろうか。どんな思いで撮ったのだろうか。
そして、麻友さんもカメラマンと親しいのだろう。カメラ目線のときの無防備な笑顔がそれを語っている。
麻友さんが大きく動いたためにピントが合わなくなった上に、画面から外れてしまう。
すると、カメラマンから怒られたのか、片手で拝みながら、ぺこっと謝り、麻友さんはちょうど良い位置に戻ってくる。「ここでいい?」とその唇が動くのが分かった。
波打ち際に立った麻友さんが、口を大きく開けて、「おいで」と唇を動かすと画面がぐらぐらして、それからピタリと止まる。
どうやらカメラが固定されたらしい。
麻友さんの隣にトコトコと、セミロング、キャメルのダッフルコートを着たもう一人の女が現れた。
お母さん
若き日のお母さんがカメラマンだった。
お母さんと麻友さんは、こんなにも親しかったのか。
お母さんが両手で顔を隠すと、麻友さんがその手を外す。麻友さんは母を揶揄うように笑いながら、カメラを指差している。
ほら、カメラ見て。
その唇がそう動いたように見えた。
二人は、カメラから大きくフレームアウトしないようにしながら、波打ち際でじゃれ合うように、見つめ合って、何かを話している。
かなり親しい関係にあることが見て取れる。
二人とも嘘のない笑顔だ。
砂に足を取られてよろけたお母さんを麻友さんが抱き止めた。
お母さんも麻友さんの腕をしっかりと掴む。
どちらともなく、互いに視線を向ける。
その眼差しに漂うもの。
麻友さんがお母さんの頬に両手を当てて顔を近付けた。
映像はそこで終わり、黒い画面に音楽だけが流れた。
思いを伝えられなかったという歌詞がリフレインする。
Still love her
そして、世界は暗転する。
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