第6話 小箱

「お母さん、 この音楽の音源になってるCDってどっかにある?」

「物置のどっか、昔のCDとかしまってあるとこにある、かなぁ。捨ててはいない筈だけど」

 ちょっと聴きたい、そう言って、わたしはテレビの前から腰を上げた。

 お母さんが昔を思い出している、このタイミングは、何となく家を出る話はしにくかった。でも、じゃあどんなタイミングならいいのよ、って言われれると正直困る。

「透子、何枚か見付けておいてぇ。お母さんも久しぶりに聴きたい」

「見付けられたらねー」


 当たり前なんだけど、母にも青春時代があった。

 娘のわたしにしてみれば、想像するのが難しいんだけど、彼氏がいて、好きなアーティストがいて、サークルで遊んでいて。わたしが知ってるのは、家にいる母と、学校の先生の母だけだ。わたしは母が教壇に立っている学校には通わなかったので、どんな先生なのかは分からない。でも、今でも手紙やメールのやり取りをしている元生徒さんたちが何人もいるってことは、それなりに良い先生だったんだろうなとは思う。


 物置は家の隅っこにある。埃っぽい小さな物置の奥の棚に、母が若い頃に買ったらしいレコードやCDが無造作に並べられていた。カセットテープはたくさんあった。どれも結構な埃を被っているから、相当長い間、聴かれていないんだろう。よく知らないJポップのアーティストのCDの中に洋楽のCDが混ぜられるように並んでいる。うーんと、ユーミンは知ってる。尾崎豊……聞いたことがある、誰だっけ。あ、サザンとマドンナが並んでるんだけど、お母さん、音楽の趣味、なんだか節操なくない?

 わたしは音楽にそんなに興味がなくて、サブスクとかも知らなくて会社で揶揄われたくらいだ。しゅうちゃんのスマホに入れられている洋楽もほとんど知らない。ただ柊ちゃんが好きな歌なら、わたしも好き。それで良かった。

 何枚かCDを手に取った。

 そうしたら、そのCDの隣に、CDの三分の一くらいの大きさの薄い紙箱が置いてあった。


 どうやら、それは、お母さんの言っていた8ミリのフィルムのようで、リールに巻かれた1センチくらいの幅のフィルムテープが箱に入っていた。

 くるっと箱を回すと、小さく油性のマジックで書かれた文字。



 Still love her



 なんだか意味深。

 お母さんはお父さんが映画監督気取りだったと言っていた。

 だから、これは、お父さんがお母さんを撮ったフィルムかもしれない。お父さんから見たお母さんは、どんなんだったんだろう。これを見たらそれが分かる?

 そんな予感がした。

 スマホをポケットから取り出して、8ミリフィルムをDVDに焼く方法を検索すると簡単に出てきた。

 3週間くらいで仕上がる高速コースでも1万円は掛からなそうだ。3週間が高速なのかは謎だけど、早ければ早い方がいい。


「お母さーん、CDあったよー」

 数枚のCDを手に持って、そう言いながら物置から居間に戻る。


 


見付けたフィルムはスマホと一緒にポケットに隠した。

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