第5話 女優
あ、お父さんだ。
画面の端っこで、お母さんとお父さんが並んで立っていた。二人とも笑顔で、楽しそうに何かを話している。それは、時代は違っていても、どこにでもいる大学生のカップルだった。
確かに、お父さんとお母さんは、二人でいたのだ。気持ちが繋がっていたのだ。
「ね、お母さん、この音楽何?」
何だか落ち着かなくて、お父さんに話題が向かないよう、わたしは話を逸らした。音声の代わりに歌が入っている。どこかで聞いたことがある男性ボーカルの声と聴きやすい打ち込みっぽいメロディ。
「わたし、好きだったのよねぇ。このバンド。コンサートにもよく行った。ということは、これ、わたしが編集したのかぁ」
「編集?」
「うん、フィルムを適当なところで切って繋げて映像を作って、それから音楽を入れる。わたし、自分の好きな音楽入れてたわ、そういえば」
「切って、繋げる?」
「そう、機械を使うんだけどね、穴空けパンチみたいにガシャンってフィルムを切って、次のフィルムとセロテープみたいので繋げるの。で、何本ものフィルムを繋げて長い映画にする。それがこっちのDVD」
他の数枚のDVDにはケースにタイトルが印刷されたものが貼られていた。
「まあ、所詮は学生の作った映画なんだけどねぇ。意識ばっかり高くて、実力は何にも伴っていなかった」
お母さんはクスッと笑った。
その後も二人だけで少しだけDVDに録画された映画を観た。
よく分かんない暗くて難しいのと、ばかみたいなヒーローもの、ありがちな恋愛もの。どれも拙い演技と演出で、言っては何だけど、商業映画の足元にも及ばない。どこかで観たような映画のパロディーみたいなんだけれど、とにかく楽しくて映画を撮ってるんだろうという学生らしさや熱気、勢いは伝わってくる。
コンテストに応募してみたこともあるらしいが、もちろん、全然ダメだったとお母さんが言った。
「ぽんすけとか、透子のお父さんは、いっちょまえの映画監督みたいに振る舞っていたわ」
「でも、お母さん、この人、綺麗じゃん」
お父さんの話を避ける意味合いもあったけれど、さっきから一人の女優が目を引いていた。2本の映画で主演していた。演技が上手い訳ではないのに、とても目を引く。腰まである黒髪とキリッとした少し釣り上がり気味の目。カメラ目線の時にたじろぎそうになる。
……要は、わたしのタイプの顔だ。今会えたら、口説いちゃうかも。
「麻友」
お母さんのその声は、画面の中のその綺麗な人に呼び掛けるようだった。
「麻友はぽんすけがスカウトしてきた綺麗な子でね。学部は違うけど同じ学年だった」
「へええ、呼び捨てなんだ。仲良かったの?」
わたしのその問い掛けにお母さんは答えなかった。
「本当、懐かしい。今はパソコンとスマホがあれば簡単に映画が撮れちゃう時代だからねぇ」
お母さんはそう言って、テレビを切って、デッキからDVDを取り出して丁寧にケースにしまった。その手付きは思い出を宝物として取り扱うみたいだった。
お母さんは、大切に思うことほど余り口にしたがらない。
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