第4話 父親
「
ふふっと苦笑いが母の口からこぼれ出た。
透子のお父さん、すなわちわたしのお父さんは、お母さんの元夫だ。
お父さんとお母さんは、わたしが小学校に入る前に離婚して、お母さんはわたしを連れて実家に戻った。隣の県に住むお父さんは、数年後に再婚し、わたしが中学校に入る頃には新しい奧さんとの間に息子ができた。なんとなく、お父さんがわたしより異母弟の方を可愛がるように感じてしまって、そんな風にお父さんを見たくなくて会うのはやめた。だから、もう10年は会ってない。
お母さんは、わたしが父に会うのをやめた時、何も言わなかった。子供の時にお父さんに会いたいと言った時も、中学生の時にもう会いたくないと言った時も、お母さんは理由を聞かず、お父さんに淡々と伝えてくれただけだった。お父さんは、何度も「会おう」と電話をくれたけど、わたしは意固地になってしまって、今に至る。大学を卒業した時にもらったメールが最後のやり取りだ。わたしは大学を卒業しただけでなく、そのメールでお父さんの娘であることも卒業したつもりでいる。
お母さんがお父さんをどう思っていたのか、今、どう思っているのか、よく分からない。憎んではいない、ということはかろうじて分かる。
なぜ離婚に至ったのか、尋ねれば教えてくれるだろうけれど、お母さんとおばちゃんがいてくれただけで足りているわたしは、離婚の理由をそれほど知りたいとも思えなかった。
でも、お母さんをこの家に残して出ていくことを考え始めてから、お母さんが一人でわたしを育てるという選択をした理由が少し気になり始めた。
お母さんを一人にしていい?
「うわ、みんな若いぃ!」
お母さんが大きな声を出した。その声に驚いて、おばちゃんちからもらってきた豆で淹れたコーヒーをこぼしそうになった。
少し色褪せた粗い画面の中、映画研究会のメンバーたちが大学のキャンパスらしき場所に集まっていて、色んな表情をカメラの前で作っていた。大体30年前の大学の風景は、黄色っぽく色褪せてちょっとガタガタした画面ということもあって、とにかく古臭く感じる。その頃は普通だったらしい服は何だか格好悪いし、女子も男子もみんな髪が黒い。
「これ、何?映画なの?」
「映画じゃなくて、練習とかで撮影したやつとか、映画を撮って余ったフィルムでなんとなく撮ったのを編集したやつねぇ。今ならスマホで簡単に撮れるけれど、この頃はビデオもまだ高価でね、大抵の大学の映研では、8ミリカメラで撮影してたの」
「8ミリ?ビデオじゃないの?」
フィルムの幅が8ミリのカメラなのよ、とお母さんは親指と人差し指の隙間を1センチくらい開けた。
「不便よねえ。どんな風に撮れたのか現像出してみないと分からないの。せっかくみんなで頑張って撮ったシーンが現像してみたら全部ピント外れで、結局また撮り直しになるなんてしょっちゅうだったわぁ」
「昔のフィルムカメラ見たいなモノ?」
「そうそう、そんな感じ。あ、あれ、わたし」
そう言ってお母さんが指差した先にいた女子大生は、確かにお母さんの面影があった。今の母は、増えてきた白髪を隠そうとして濃いめの茶色に髪を染めて耳の高さでボブにしている。画面の中の若いお母さんは、セミロングの黒髪で、毛先はパーマが落ちかけてるのか緩やかにうねっている。服装はシンプルなブラウスとロングスカート。仕草が今と変わらないのでお母さんだということがすぐに分かった。
「お母さん、この頃ってボディコンってやつじゃないの?」
お母さんが大学生の頃、80年代と言えばバブルだ。
「田舎の大学にボディコンはいないわよぉ。繁華街にかろうじてディスコはあったけれどお立ち台もなかったわ」
「でぃすこ?」
「ああ、今は、クラブっていうのよね」
あ、お父さんだ。
お母さんの隣に立った男性は若い頃のお父さんだった。
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