お出かけサンドイッチ

 あれから数日が経ち、栞の熱はすっかり下がった。喉の腫れも治まったらしく、今では元気に部屋の中をウロウロしている。


「な、何よこれ……」


 その一方で、ベランダに出た紫音は変わり果てた光景に言葉を失った。それもそのはず、ベランダは四方に植物の蔦が伸び、柵や物干し竿に蔦が絡みついて熱帯雨林のようになっている。原因は、隅に置いていたプランターだ。

 以前、屋上に生えた果実の木は、他の住人に見られないようベランダに移動させておいた。その木がいつの間にか辺り一面に生息域を広げたのだろう。

 幸い、隣のベランダや外へは伸びていないので良かったが、これでは洗濯物を干すこともできない。片付けようにも、この量は1人でどうにか出来るものでもなかった。


「また変なものまで……」


 よく見れば、蔦には種類豊富な野菜が実っていた。相変わらず色が不気味だが、形は人参やナス、きゅうりと同じなので味は変わらなそうだ。

 栞に聞いても首を傾げるだけで、この植物たちは勝手に成長したらしい。ひとまず洗濯物は乾燥機の中で寝かせ、野菜をいくつか選んで冷蔵庫に放り込んだ。


「栞、これ片付けられる?」


「かた、ヅケ……?」


「穴に、戻せる?」


 手振り身振りで伝えれば理解できたようで、少女が小さく呟くと、開いた穴の中へと植物は一瞬で吸われていった。魔術とは大変便利なものだ。

 だがその過程で、蔦のとげが引っかかっり、栞の着ていたスウェットの裾が数か所擦り切れていた。

 買ってもらった服を傷つけたのがショックだったのか、少女は裾をぎゅっと握って俯いた。まるで悪事を働いた子供が、親に叱られる時のようだ。


「ごえんなさぃ……」

 

「そんな気にしなくていいよ。セールで買ったやつだし、サイズもちょっと大きかったもんね」


 事実、少女の着ているスウェットは一回り程大きく、手足が服の裾にすっぽり埋まってしまっている。栞が来たばかりに通販で買ったものだが、紫音が1人で選んだのでサイズが全くあっていなかったのだ。

 一応他にも数着ほど買ってはいるが、まだまだ足りないものはいくつかある。昨日の件もあり、日用品の補充は必須だった。


「栞、今日はちょっとお出かけしようか」


「ん」


 完治した栞も、外の空気を吸いたいだろう。

 手短に朝食を済ませた二人は、出かける準備を始めた。




 都内の住宅街ということもあり、紫音たちの住むマンションの周りには商店街や商業施設、病院が多く並んでいる。駅前でもないので、それほど治安も悪くないのがこの街の人気の理由の1つだ。


「アレなに?」


「あれは車ね。近づいたら危ないわよ」


「あっち?」


「あっちは自転車。いつか乗れるかもね」


「うむ」


 買い物までの道のりも冒険の世界なのか、栞は眼に映るものを指差して興味津々のようだった。どうやら少女のいた世界とは、文明が大きく異なるようだ。

 大学の反対方向に向かえば、たくさんの専門店の入ったショッピングモールがある。今日はそこで買い物をする予定だ。


「ここがモールよ。お店がいっぱいあるでしょ」


「ふぉ……!」


 ショッピングモールについても栞の興味が尽きることはなく、道行く人々の多さに驚いているようだった。

 それに目を惹くような煌びやかなお店も多く、今にも目を回しそうになっている。少し刺激が強すぎただろうか。


「とりあえず、服から探そうか。その前に、水飲む?」


「……うぃ」


 持ってきた水筒を手渡すと、栞はそれを飲み干す勢いで口にした。



 

 普段、家からあまり出ない紫音は服も日用品も通販で購入する。あまりファッションに興味はないので、雑誌に載っているものをそっくりそのまま注文するのだ。それであれば失敗することはないというのが紫音の考えだ。

 故に、何年かぶりに子供服だが実際に見てみると、あまりの豊富さに目眩がしそうだった。

 店頭のマネキンはカラフルで奇抜な服を纏っており、店全体が輝いているかのように見える。服の形も大人のそれとあまり変わらず、ポスターの子役の少女も丸いサングラスをかけていた。


「私の時と違う……」


 自分が子供の時とは趣味嗜好が大きく変わっており、紫音は新時代の幕開けかと変な感想を抱いた。

 その隣では時代の最先端に魅了された栞が、紫音の手をギュッと握りながらも、数多の洋服たちに爛々とした瞳を向けていた。紫音にはわからなかったが、やはり子供心を掌握する何かがあるのだろう。


「……まぁ、好きなの選んでいいよ。お金は気にしないでいいから」


「なぜ?」


「何故って……栞の服を買いに来たからだよ?」


「オカネ、ない」


「だから私が買うんだから気にしなくていいの。大丈夫、お金ならあるから」


「……うん」


 頷いたものの紫音にお金を払わせるのを気にしているのか、栞はあまり服の方に近寄ろうとしなかった。まだどこか遠慮しているようで、視線は送りつつも紫音の側を離れる気配がない。


(……私もこんな感じだったのかな)


 ふと、自分の子供時代と少女の姿が重なったような気がした。紫音もまた、子供の頃は大人の顔色を窺い、欲を表に出さないようにしていた。それで少なからず、後悔をしたこともあった。


「あなたはそんな事、気にしなくていいんだよ」


「……?」


 そこで紫音は少女が1番見ていた服を手に取って、すぐに試着室へと向かった。値札はそこそこの数字が書いてあるが、気にせず少女を着せ替える。家でサイズも調べてあったので、今度はぴったりだった。

 シンプルな柄のシャツに可愛らしいスカートで、栞の容姿も相まってよく似合っていた。モデルと言われても不思議ではないほどだ。


「うん、よく似合ってる。可愛い」


「かわ、いい?」


「愛おしいとか、趣き深いというか……好きに近いかな?」


「うむ……スキ」


 言われて自信がついたようで、栞は顔を朱に染めながら小さく頷いた。鏡の前で体の向きを変えては、嬉しそうに頬を緩ませている。

 それからさらに追加で数着をカゴに追加し、洋服店を後にした。子供服は想像よりいい値段でかなりの出費になってしまったが、隣で服の入った袋を大事そうに抱える少女を見て、そんな事はどうでもよくなった。




 服を買った後は、足りていない日用品を買い揃えた。パジャマや運動靴、お菓子やおもちゃなど少し前までは気にも留めないようなものばかりで、探すのに少し手間取った。


「これ?」


「それは野菜のニンジンね。ちょっと甘いかも」


「こっち?」


「それはお魚のウナギ。焼いて食べたら美味しいよ」


「てれびのにょろにょろは?」


「ニョロヨロ?あー……チンアナゴね」


「うまい?」


「どうだろ、食べたことないからわかんないや」


 食事情も異世界とやらはかなり違うのか、栞の探求心は膨らみ続けるばかりだ。

 一通りの買い物を終えると、時刻は正午を過ぎていた。休日の昼間という事もあり、周りは家族連れなどでよく賑わっている。

 紫音は配送サービスに買った荷物を預けると、隣接している公園へと向かった。


「どこいく?」


「公園だよ。今日はサンドイッチ作ってきたから、そこでお昼にしようか」


「さんど……?」


「見ればわかるよ」


 公園の芝生エリアの木陰に持参したシートを履き、鞄から弁当を取り出した。モール内で昼食にするのも考えたが、慣れない人込みで栞も疲れるだろうと思い、出掛ける前に作っておいたのだ。


 横長の弁当箱の中には、朝に採れた異国の野菜や果実で彩られたサンドイッチがぎっしり詰まっていた。


「コレ、なに?」


「これがサンドイッチ。好きなのから食べていいからね」


「うむ」


 栞はコクリと頷くと、慎重に一番端のサンドイッチへと手を伸ばした。

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