第5話 帰路につく
ダーナ神族の男の指示の通り、ロロ達は時計作りを始めた。
いくつかの小さな歯車を重ねて嵌め込み、最後にルビーを嵌め込む。そして、スポイトで月の雫を一滴。ポトリと落とすと、雫はパチパチと小さな金色の星を弾かせ、時計の中に染み込んでいった。
すると、月の雫で金色に輝いた歯車がゆっくりと動き出し、次第に規則正しいリズムを刻みはじめた。
ロロとシリルは、その不思議な光景を黙って見つめていた。
「ほら、坊や達、蓋をして記憶を刻んでごらん」
いつの間にか隣に立っていたダーナ神族の男に促され、二人は時計にガラス蓋をした。そして、それぞれ額に時計を当てて、自分が今、一番大切にしている記憶を思い出す。それを時計に刻み込むイメージをしながら。
ロロは懐中時計に。シリルは腕時計にした。二人は、時計を腕に嵌めたり、服にぶら下げてみたりして、出来たての時計を満足気に眺めた。
「こいつは、ちゃんと満月の日に充電すりゃあ、遅れたり狂ったりすることもねぇ。正確な時間を刻むから、遅れる心配は無用でさぁ」
大きな声でそういうと、ダーナ神族の男はロロの服にぶら下がった懐中時計をそっと手に取り眺めた。
「だが、人生、誰にだって戻ってやり直してぇことは、いくらでもあるもんでさぁ」
ダーナ神族の男が誰にいうとも無く、小さな声で語り始めた。
「もし、戻りてぇ事がありゃあ、時計の摘みをクルリと一回。手前に回す。そうすりゃ、いつだってその時に戻れまさぁ。でもまぁ、あんまり繰り返し戻ることは、お勧めしねぇですがぁねぇ……」
ロロは不思議そうに、ダーナ神族の男を見ていたが、男はロロの懐中時計から手を離すと、ロロを見る事もなく、そのまま背を向けて隣のテーブルへと向かった。
シリルを見たが、腕時計を夢中で眺めている。目の前に座る親子も、ダーナ神族の男の話を聞いていた様子には見えなかった。
ロロは懐中時計を手に取り、チクタクと刻む秒針をじっと見つめた。
♢♢♢
帰りの時間がやって来た。
行き同様にロロ、シリル、親子が一緒に一台の馬車に乗り、老夫婦と若い女性が一緒にもう一台の馬車に乗り込んだ。
たった一度の乗車だが乗り慣れたのか、行きよりも、みんなリラックスしていた。
ロロとシリルは、持ってきていたクッキーと果実水を親子と分け、親子からは棒付きキャンディーをもらった。二人は、後で食べようとリュックのポケットにしまった。
行きとは違い賑やかな馬車の中、男の子は嬉しそうに作った時計を眺めながらも、眠たそうに、うとうとし始めていた。
突然、馬車がガタリと大きく揺れた。
「あ! ぼくの時計!」
男の子が大きな声で言うのと同時に、シリルが窓の外に手を伸ばし、時計を掴もうとした。すると、馬車の扉が開いて、ロロは慌ててシリルの腕を掴んだ。
♢♢♢
「いったぁ……」
ロロは背中を強く打ち付け、目が覚めた。
「あれ……?」
ロロは辺りを見回す。
どうやら、自分はベッドの上から落ちたようだと、ロロは脇のベッドを見やる。シリルの母親が用意してくれた簡易ベッドだと、すぐに分かった。シリルの部屋に運ぶとき、ロロも手伝ったからだ。選ばせてくれたシーツの色、見慣れた天井と本棚。窓が開いているのか、レースのカーテンがふわりと揺れ動いている。
ロロは生唾を飲み込み、自分の体を見た。
夜中、家を抜け出した時の服装だ。
背筋を伸ばし顎を上げ、ベッドの向こう側を見る。もう一つのベッドには、シリルがブランケットを蹴飛ばして寝ている姿が見えた。
そのシリルの服装も、夜中に家を出た時の格好だ。
「どういうことだろう」
ロロは、ゆっくりと立ち上がり、レースのカーテンを開けて窓の外を見た。
シリルの部屋は二階で、少し高い位置に家があるせいか、街がよく見える。
よく知る街が、広がっている。空を見ると朝がやって来たばかりなのか、雲に日の光が映り金色に輝いている。
一階にある庭は、シリルの母親が育てている花がたくさん咲いている。
とても静かな朝だ。
ふと、時計のことを思い出し、ロロは慌ててベストのポケットを探ると、すぐに丸く硬い物が指先に当たる。
そっとそれを取り出すと、ダーナ神族の森で作った懐中時計が出て来た。
「夢じゃ、無かったんだ……」
ロロは急いでシリルを起こすことにした。
「シリル! シリル、起きて!」
ロロがシリルを揺すり起こすと、シリルは「なぁに、もうあさぁ?」と、両手で顔を覆う。その腕には、しっかりと腕時計があった。
「シリル! 僕ら、いつの間に帰ったか覚えている?」
「あー?」
「もう! ちょっと、ちゃんと起きてよ! 僕ら、馬車から落ちたはずなのに、家に帰って来てるんだ!」
ロロの言葉に、シリルは目が覚めたようで、勢いよく起き上がった。
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