第4話 時計作り


 馬車から降りると、森の入り口に一人の背の低い男が後ろ手に組んで立っていた。

 ギョロリとした大きな目と、大きな鼻が特徴的で、太い眉毛はまるで怒っているかの様に釣り上がっている。まるでドワーフの様だとロロは思った。


 全員が馬車から降りたのを見計らい、背の低い男が言った。


「みなさんがた、ようこそいらっしゃった! ここからの案内はワシが行う。今宵は月時計を作ると聞いとる。材料の準備は出来とるが、どんな時計を作りたいかは、それぞれで決めてくれ。では、案内する。ワシについてきてくれ」


 背の低い男は、どうやらダーナ神族の男らしく、少し訛りのある言葉だった。最初こそ、丁寧に話そうとしていたようだが、森の中へ入るにつれ、ダーナ神族の男は饒舌になり、訛りも強くなりだした。みんなが戸惑うのもお構い無しに、ダーナ神族の男は月明かりに照らされて輝いて見える花の蕾など、名前を教えて歩いた。


 ロロ達は、男の説明を聞きながら後をついていく。


 森の少し奥へ行くと、開けた場所にたどり着いた。

 長テーブルが二卓あり、それぞれ四脚ずつ椅子が置いてある。

 テーブルの上には、真っ赤な色をした石や歯車、小さなドライバーなどが置いてあった。


「四人ずつ、好きな席に座っとくれ。ああ、そっちは三人か。まぁ、好きな様に座っとくれ。今から作る時計は、普通の時計とはちと違う。何が違うかってぇと、満月の夜に充電しなきゃなんねぇ。月光電池を使っているんでさぁ。それを毎月欠かさず行えば、壊れるこたぁない。万一、忘れた場合は、翌日の月でもいい」

「例えば、雨が降っている満月の夜は、どうしたらいい?」


 そう聞いたのは、シリルだった。

 ダーナ神族の男は、大きな瞳をギロリとシリルに向けた。


「いい質問だ。満月が見えねぇ夜でも、窓辺に置いとくこった。雲の向こう側に月は必ずある。その気配を時計は感じとっからな。今日は特別な石と、特別な雫も使う。もし、次の満月に出し忘れとったとしても、一回分くれぇなら保てるじゃろうて。それじゃあ、作り方の説明をはじめっから、ちょっとみんな、こっちに集まってくれ」


 ダーナ神族の男の周りに集まると、男は使う道具の説明を始めた。


「時計はある程度のとこまでは、こっちで組み立ててある。あんた方がやるんは、一番重要な箇所だ。これは宝石だ。よく使われるのはルビーだが、このルビーは通常のそれとはちと違う」

「どうちがうの?」


 親子の男の子が聞いた。

 ダーナ神族の男は、シリルを見た時とは違い、少し目元を緩めて頷いた。


「坊や、いい質問だ」と言って、ゴツゴツした手で男の子の頭を撫でる。

「このルビーはな、ワシらが掘って取ってきたもんだが、に漬け込んで、成長させている。店じゃあ手に入らねぇ、特別なルビーってことだ」

「月の雫って、なあに?」

「月の雫か? ほれ、ちょいとこっち来てごらん」


 ダーナ神族の男は、席を立つと広場から少し離れた場所に咲く、小さな黄色の花を指さした。


「この花は、満月の夜にだけ咲く花だ。この花の蜜を抽出した物をと呼んどる」

「蜜? それって甘い?」


 男の子の質問攻めに、ついにダーナ神族の男は声を上げて笑った。


「好奇心旺盛なことは良いことだ! ほれ、少し舐めてみるか? 大人達も、ほれ、そこの二人も」


 ダーナ神族の男は、嬉しそうにロロ達を手招きすると、蜜の入った瓶にスポイトの様な物を刺し、それをみんなの手の上に少しずつ落としていった。

 シリルがペロリと手を舐めると、目を見開きロロを見る。それを見て、ロロも手のひらに溢れた雫をペロリと舐めた。


「あら、いい香りね」と老婦人。

「これは、蓮花れんげの蜜に似た味だなぁ」と老紳士。


 次いで「なんの香りとは言えないけど、とても懐かしい香りだわ」と、若い女性が老婦人と頷き合っている。


「蜜ではあるけど、ベタつきはしないんですね。とてもサラサラして透明だ」と男の子の父親がいうと「ぼく、もっと食べられるよ!」と男の子が笑った。


 みんな、すっかり月の雫に夢中になってしまっていたが、ダーナ神族の男の「さぁ、時計作りに戻ろう」との言葉で、みんな目的を思い出し、説明の続きを聞くためテーブルへ戻った。

 

「……歯車を、この順番で嵌めて……最後に、このルビーを嵌める。時計は、腕時計がいいか、懐中時計がいいか決めてくれ。最後、これが一番肝心だ。さっきワシは、どんな時計にするかは、それぞれで決めてくれと言った。それは、この時計にどんな記憶を刻むか、だ」

「「時計に記憶を刻む?」」


 思わずロロとシリルの声が重なった。

 ダーナ神族の男は、深く頷く。


「この時計の特徴だ。満月の夜、こいつを月光浴させる時に、時計から思い出が映像となって浮かび上がる。忘れられない思い出、忘れたくない大切な思い出。幸せの記憶を、この時計に流し込む。やり方は簡単だ。ルビーまで嵌め込み、月の雫を一滴垂らしたら、ガラス蓋をして額に当てる。そして、今の自分が一番忘れたくない幸せな思い出を思い描くとな、それが時計に宿る。それで完成だ。それじゃあ、それぞれで始めてくれ」


 ロロとシリルは、親子と一緒の席で。老夫婦と若い女性は、隣の席で。それぞれ時計を作り始めた。

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