第3話 夜間旅行
月明かりに照らされ艶やかに輝く翼は、まるで女神様が纏うドレスのように優雅だ。
白銀に輝く馬体は、二人の想像の域を遥かに超えた逞しいものであった。
通常の馬よりも遥かに大きな馬体に、二人は少しの恐怖と感動の入り混じった、複雑な心情を抱いていた。
少し離れた場所で、その様子を見ていた二人の元へ、一人の女性が向かってきた。
「こんばんは、紳士のお二人」
「「こ、こんばんは」」
「招待状はお持ちですか?」
和かな笑みを浮かべ、柔らかな声で言う女性に、二人は慌ててリュックから招待状を取り出し、差し出した。
女性は手紙に青く光るライトを当てて何か確認をしている。
二人はそっと覗き見て、小さく驚いた。
青いライトを当てられた手紙は、文字の部分だけ金色に浮き上がって見えたのだ。
ロロは、なんて不思議な細工だろう、と思いながら見ていると、女性がライトの灯を消した。
「ロロ様とシリル様で、お間違いないですね?」
その問いに、二人はコクコクと首を縦に動かす。
「では、こちらへどうぞ」と、女性は二人をユニコーンがいる丘のてっぺんへ案内した。
近づけば益々その大きさに驚く。
なんて立派な角だろう。
「それでは、ご招待させて頂きました全てのゲストが揃いましたので、出発したいと思います」
先程、声を掛けてくれた女性が言う。
辺りを見ると、いつの間にか六人の男女が居た。
ひと組は、どうやら親子のようで、男性一人と、ロロ達よりも少し幼い男の子が一人。老夫婦がひと組。そして、若い女性が一人。もう一人、青年が居たが、どうやら案内人の女性と同じ添乗員のようだった。
「今宵、美しく輝く満月の夜。この様にお集まり頂き、ありがとうございます。今宵の夜間旅行ツアーは、ダーナ神族の住まう森へ行き、月時計をお作り頂くプランとなっております。ダーナ神族の森へ向かうには、ユニコーンの馬車で二手に分かれて向かいます」
その言葉に、ロロとシリルは「馬車?」と首を傾げた。しかし、先程まで視界には一切入っていなかった馬車が二台、そこにあるではないか。二人は顔を見合わせ、目を見開いた。
馬車の一台には、ロロ、シリル、親子の四人。
そして、もう一台に、老夫婦と女性の三人。
案内人の女性と青年は、それぞれ御者台に腰掛けた。
女性がよく通る声でアナンスをする。
「それでは、出発致します。飛び立つ瞬間は、若干揺れますのでご注意ください。素敵な夜の旅をお楽しみくださいませ」
ロロ達は窓の外に目を向けて、四頭ずつ馬車を引くユニコーンを眺める。徐々に速度を上げ、ユニコーンが大きく翼をはためかせた。
馬車はガタリと一度大きく揺れたが、すぐに安定し、あっという間に空高く飛び立った。
「ロロ! 僕たち、空を飛んでいるよ!」
シリルが興奮気味に言うと、ロロも「ああ! こんな素晴らしい夜は初めてだ!」と素っ頓狂な声を上げて言った。
二人の前に座る親子も、窓の外を眺めながら「すごい!」「パパ、見て! お星さまが、とっても近いよ!」と、興奮していた。
暫く飛び続けていると、御者台から女性の声がした。
「皆さま、左の窓の外をご覧ください。馬車より少し下に、オーロラがご覧いただけます」
その言葉に、いち早く異を唱えたのはシリルだった。
「オーロラ? そんな馬鹿な。今は初夏だ。オーロラは寒い土地で見られる物であって、今の季節に見えるはずがない!」
だが、しかし……。
「シリル! 下を見て! 白いオーロラだ!」
ロロの声にシリルだけでなく、親子も窓の外を覗き見た。
そこには確かに、オーロラが見て取れる。
四人はしばらく黙ったまま、ゆらゆらと揺れる白いオーロラを眺めていた。
突然、男の子が声を上げた。
「パパ! オーロラからピアノの音がする!」
「え? オーロラから?」
「うん! オーロラをじぃっと見て、耳を澄ますと聞こえてきた!」
ロロとシリルは、顔を見合わせ、男の子が言う通り、オーロラを見つめ耳を澄ました。
すると、どういうことだろう。確かに、微かではあるが、ピアノの音色がするではないか。
「すごい、本当に聞こえる」
シリルが囁き声で言うと、男の子は得意げな顔でにっこり笑った。
更に馬車が進むと、再び御者台から女性の声が聞こえてきた。
「皆さま、今日は運がよろしいですね! 右の窓の外をご覧ください。星薔薇が見事に咲き誇っております。今が見頃です」
アナンスと同時に、窓の外からふわりと優雅で上品な香りが漂ってきた。
窓の外を覗き見ると、赤、白、黄色、そして珍しい青色の淡い光を放つ薔薇が見てとれた。
その色をみて、ロロは星の輝きは薔薇の色だったのかと、一人思った。
「あ! パパ! みて! 奥に牛さんがいるよ!」
男の子の指差す方向をみると、確かに牛の群れがいた。
「ここは、もしかしたら、うしかい座の付近かもしれないね」
と、男の子の父親が答えた。
「ああ、そうか。僕らは今、銀河を旅しているんだね」
ロロがポツリと呟くと、「そうだね。すごい経験だ」と、シリルが夢心地のように囁いた。
馬車飛行は思いの外、乗り心地も良く、気がつけば、あっという間に終わってしまった。
「皆さま、長らくのご乗車お疲れ様でした。間も無く、ダーナ神族の森へ到着です。着地の際、少し揺れますので、ご注意下さい」
ユニコーンは、徐々に下降していく。ゆっくり、ゆっくり。柔らかく翼を動かしている。窓の外を見れば、あんなに近かった星々は、あっという間に天高く離れ、森がどんどんと近づいて来た。
ユニコーンが地上に降り立つと、馬車は大きく一度跳ね、ロロは馬車の天井に頭をぶつけてしまった。
ぶつけた頭は、さほど痛くなかった。というのも、天井にはフカフカのビロードが張ってあったからだ。
ロロは怪我をしなくて良かったと、心から思った。
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