04:ゆきゆきて冒険
イツモアナタヲミテイマス。
いつもあなたを見ています。
誰が、誰を――誰かが、鈍原さんを。
どこかから、見ていると。
丸まった紙と紙吹雪。どちらの色も黒。
状態から推測するに、最初の一通は悪戯だと鼻で笑って丸めたものの、その後も手紙は途絶えることがなく、怖くなって破り捨てたと……そんなところかしら。
おいおいおいほんとかよ。
一体どこのどいつが私の大好きな鈍原さんを怖がらせてくれてんだ。
見るだけなら罪は無いし、私だっていつも鈍原さんを見ているいわば同類――しかしこの送り主は見るだけに留まらず、持て余した感情のまま、こんな脅迫じみた手紙を送りつけてきたのだから……冗談じゃない。
「なんじゃこれはー! ふざけんなーっ! 変態ストーカーがよっ!」
私は湧き上がる怒りのまま偏向的に結論付け、脅迫文を蹴っ飛ばし踏みにじり踏み潰した。
不届き者め許すまじ、真なる恐怖を教え込んでくれようか。
丸みを帯びた手に力を込め決意したその時、とたとたと足音が聞こえて、鈍原さんが部屋に戻って来た。
私は死んだふりをした。
「――っ、なにこれ。こわ」
鈍原さんの驚いた声が背中に落ちてくる。
申し訳なさで7キロくらい重くなっただろう私を拾い上げ抱きしめた鈍原さんは、不安そうにゴミから距離を取った。
ごめんなさい。この罪は一生背負います。背負い投げして締め上げます。
それから鈍原さんは、私を抱えたまま鞄からスマホを取り出し誰かに電話を掛けた。
「あ、先輩。いま大丈夫ですか」
電話の相手は先輩らしい。私は上級生の情報を一つとして持っていないので素性は不明だ。
彼氏ではない。鈍原さんが私の知らない男に持っていかれるのは嫌だからである。
「この前相談したあれの件で。はい。なんか、ゴミ箱から飛び出してきて」
至って真剣な口調の鈍原さんだったが、電話の相手にはそれがおかしかったらしく、気持ちの良い笑い声が電話口から飛び出してくる。
声の感じは女性のように思えるし、彼氏という線は薄くなった。良かった良かった。
「……真面目に言ってるんですけど。え? ああ……それは、その。面倒くさくて。先輩ってこまめにゴミ出すんですね、意外」
ううむなにやら仲睦まじい。目の前で仲良くされて複雑な気持ちになる私だった。
「違います。相談したから一応報告しただけで。もう切ります……え、今から? 大丈夫ですけど……うちは無理です。私が行きます。はい。それじゃ、あとで」
終話。
なにやら急に予定が決まったらしく、鈍原さんは私を手放しベッドに寝かせ、支度を始めた。
外出するみたいだけど……いくら夏とはいえちょっと危機感に欠けやしないかしら。
何者かにつきまとわれている状況で、夜に近付く時間帯の外出は危ないって。
鈍原さんになにかあったら私は犯人を殺してしまうかもしれない。いや、殺す。
どうにか阻止できないものか、私の灰色でない脳細胞を働かせてみたが、残念ながら何も浮かばなかった。私は普通にアドリブに弱い。
小さなバッグにあれこれ詰め込み、瞬く間に準備を終えた鈍原さんは、
「じゃあ行ってくるねポウたん。留守番よろしく」
と言って、片付けをせず部屋を出て行った。
散らかってても気にならないタイプか、それとも急いでいるからか。
どちらにせよ、散らかしたのは私だから私が片付けるのが道理である。
それはそれとして。
どうしよう。いま私に出来ることなんて元の身体に戻る方法を探すか、頑張ってお片付けするくらい――いや、手紙の件もあるしやっぱり鈍原さんが心配だ。
私がいまここにいる理由を考えた時、実際には見当もつかないけど、少なくとも鈍原さんにとってプラスであるべきだとそう思う。留守番しているだけでプラスを生むことは出来ない。今のままじゃ満場一致のマイナス着地。
そうはさせるか。
よーし、追いかけよう。
自ら問題に首を突っ込むのは私らしくない気もするが、異常な気もするのだが――しかしそもそも、かかる状況が異常なので多少はっちゃけた方が釣り合うんじゃないかと、私は考えを改めた。
というわけで。
勢い込んでベッドから飛び降り、華麗な着地を決め、ドアに向かって走る。
しかし――分かっていたことだけど、小さすぎる私にドアを開ける術は無かったのだった。
立ち尽くす。
立ち尽くして、考える。
真っ先に浮かぶのは窓を利用する方法で、偶然に頼る以外では唯一のやり方だろう。
私は棚の上によじ登り、ナガサワちゃんを踏み台にして窓枠へ上がる。この身体では移動も一苦労だ。
窓から外の様子を見ると、ここは二階で丁度下が玄関だと分かった。鈍原さんの出て行く姿が見えたからだ。
鍵はよく見るクレセント錠で誰にでも開けられる代物だったが、しかしこのクマの身体は想像以上に非力らしく、掴んで下に回すことが出来なかった。
紐のような物を括りつける手も考えたが、紐を結ぶ手が無い(細かい作業に不向きなのだ)。
あるいはガットの無いバドミントンラケットでもあればなんとかなりそうだけど、部屋の中には見当たらない。
絶体絶命である。
自発的に物事へ関与する経験の浅い私には、おこがましい目論見だったのか。そう言われれば納得するほかないけど、誰だって最初は初心者。若い内に失敗出来て儲けたと考えよう。
さてこうなると偶然を味方につけるしかないわけで、そのためには引き寄せる為の行動を起こさなければ、あまりにご都合主義というものだ。
ああいうのは特別な人にだけ与えられたギフトだと私は知っている。
だから私は部屋を見回しながら未だかつてない程に脳細胞を働かせ、やがて閃いた、閃いただけの計画とはいえない杜撰な思い付きを実行すると決めた。
まず最初にリモコンを探し、これはベッドの脇から簡単に発見できた。
幸いボタンは柔らかかったので、七月現在は休暇中である暖房のボタンを押し込んだ。強風、30度。
暖かい風が注ぎ込まれるのをうっすらと感じながら、少し時間を置いて、次にテレビのリモコンの電源ボタンを押し、音量を外に聞こえるくらいまで上げた。めっちゃうるさい。
これが私の計画の全容である。誰か来るでしょという期待を込めた窮余の一策。
何も知らない人からするとまごう事なき怪奇現象だけど、古くなったテレビでは稀にある現象なので安心していただきたい。
やれることはやったので、あとは家族がいるのを祈るだけ――そんな私を見かねたのか、神様は手を差し伸べてくれたようで、勢いよく開いたドアから小っちゃい女の子が姿を現した。
「何事。マジうるせーです、
小っちゃい鈍原さんがそこに居た。
姉、つまりは妹。
えー! ヤバい! めちゃくちゃ可愛いんですけど! 鈍原さん妹いたんだ! 顔つきとか超似てる!
抱きしめて振り回したい。
妹ちゃんは表情を変えずに部屋中を見渡し「むむ」とだけ言って、テレビとエアコンの電源を切り、そして――換気の為に窓を開けた。
記念すべき成就の瞬間である。あまりに予定通りことが進み不安な気もするが、今回は気のせいとしておこう。
名残惜しいけれどあとは妹ちゃんがこのまま部屋を出てくれれば、私は窓から出て鈍原さんを追うことが出来る。
私は心の中で妹のミニハラちゃんに手を振った。
いつか人の身体で抱きしめさせてちょーだいね。
しかし彼女は一向に出て行こうとせず、どころかこんなことを言った。
「気配を感じますね」
身体の中の綿を鷲掴みにされたような感覚に、私は思わず息を止める。
ミニハラちゃんの視線は私を捉えていた。ゆっくりと近付いてきて、私を手に取りまじまじ眺める。
なんという勘の鋭さ。
もしも私がトラブルメーカー的なキャラだったなら、ここでくしゃみの一発でもお見舞いするのだろうがそうはならなかった。
しばし無言で見つめ合い、やがて私は乱暴にベッドの上へ投げ捨てられ、ミニハラちゃんは部屋を出ていった。
姿を見られたのは痛いけれども、再び訪問しないと楽観的に構えよう。
念のためミニハラちゃんが戻って来る可能性を考慮し、少しの間様子を見て、戻る気配が無いと判断したため私は窓のサッシに立った。
そして、いよいよ一歩を踏み出そうとする。
色々懸念すべき点はあるものの、鈍原さんの安全が何より優先!
この身に変えても守ってみせましょうとも!
眼下に広がる緑あふれた素晴らしき庭は、私を応援するように輝いて見えた。
決して自分が冒険漫画の主人公みたいだなんて自惚れず、けれど昂る気持ちは抑えずに、私は。
右足で踏み切り、外へ向かって飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます