第14話 彼氏のおうち②

「でね、駅で弘樹くんがぎゅってしてくれたの! 嬉しかった!」

 あたし、思い出しただけで、どきどきしちゃう!

 すっごく嬉しかったから、あたし、帰ってすぐにママに話したの。興奮しながら。

 あたしあたし、ぎゅってされたの、初めて!


 でも、ママは溜め息をついて、こう言った。

「彩香……残念なことを」

「え? 何が?」

「初めての、キス、の、チャンスだったのにね」

 ママは笑って言った。

「え?」

「だって、おうちに二人きりだったんでしょう?」

「うん」

「弘樹くん、近づいてこなかった?」

「……そう言えば、映画見てたとき」

 え? あれ? え? えええええ!

 あたしはあのときの弘樹くんの顔を思い出して、顔が真っ赤になってしまった。


 ママは笑って「ま、次だね、次!」と言った。

 う。次は頑張るもん!

「うーん、せっかくミニスカートをチョイスしたんだけどな」

「え? ママ?」

「ミニスカートの方が彩香に似合うし、それにいいと思ったんだよねえ」

「ママ、何言ってんの?」

 あたしは胸がばくばくした。あたしの頭の中で想像出来るのは、キスまで、なんだけど。


「弘樹くんも健全な男子高生だからね。ちょっと押しが弱いかな、真面目だな、優しすぎるのかな、とは思っているけど」

「手は繋いだもん! それから、ぎゅって」

「うんうん。まあ、それだけじゃないからねえ」

「ママ……それだけじゃないって」

「それだけじゃないでしょ。好き同士だから」

「うん」

「……こわい?」

「ううん! ……うそ。ちょっとこわい」

「そう。でも、弘樹くんのこと、好きでしょう?」

「うん、大好き」

「弘樹くんも、彩香のこと、好きなんでしょう?」

「うん、好きって言ってくれる」

「手を繋いで、嬉しかった?」

「嬉しかった!」

「ぎゅってされて、嬉しかった?」

「すっごく、嬉しかった!」

「……じゃあ、だいじょうぶよ」

「そう?」

「そう」

「あとは、流れに任せてね」

「……うん。……頑張る」


「彩香が頑張らなくても、弘樹くんが分かってそうだよ?」

「えっ?」

「弘樹くん、だって、彼女、いたことあるんでしょ?」

「ううう。ママ、なんで思い出させるの?」

「――大丈夫よ」

「どうして? だってだって。弘樹くん、元カノとキスしたかもしれないんだよ?」

「うん、だから、大丈夫。卓さんなんて、ママより一回り年上なのよ?」

「うん」

「卓さんなんて、ママに会うまでにぜったいにいろいろあったはずなの!」

「ママ、どうしたの?」

「どうもしないわよ。だって、ママが好きになったのは、いろいろあったあとの卓さんだから。それにね、ママとの恋愛ははじめてでしょう? ふたりの時間はふたりで作っていくのよ」

 ママはにっこりと笑った。

「うん、ママ」


 パパとママは仲良しだ。そのママが言うから、なんだか説得力があった。

「でも、避妊のことはちゃんと教えておかなくちゃね!」

「ママ!」

「あら。だいじなことよ?」

 ママは握りこぶしを作って言った。

 あたしのママはちょっとヘン、たぶん。

 でも、こんなママだから、いろいろ話せるんだ。

「心配しなくても、だいじょうぶよ。好きって気持ちをたいせつにしてね?」


 うん、ママ。

 そうする。

 好きっていう気持ちをだいじにするよ。

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