第11話 そのままでいいんだよ①

 夏休みは、植物園に行って、あとは映画を見たりごはんを食べに行ったりして終わった。来年は花火大会に行きたいなあ。予定が合わなくて、行けなかったんだ。残念。でも、弘樹ひろきくんの部活を見たり、学校の行き帰りいっしょに行けたから、いいんだ。



 もうすぐ、高校に入ってから二回目の定期試験。

「つまんないなあ」とあたしは声に出してしまう。図書室から、部活をしている弘樹くんを見て、弘樹くんの部活を待ってからいっしょに帰るのをとてもとても楽しみにしているのに、明日から部活なくなっちゃうんだ。

「ああ、つまんない」

 弘樹くんは「待っているの、大変でしょ?」とか言うけど、違うの! 本読みながら弘樹くんを見るのが楽しみなんだ。夏休みも楽しかったもん。

 でもしばらく、部活、ない。

 あたしは溜め息をついた。


 部活がないから、ホームルーム終わったらすぐにいっしょに帰ろうと思ったら、弘樹くん、「勉強教えて!」っていう女の子たちに捕まっちゃった。何でも、中学のときからテスト前はいっしょに勉強していたらしい。この子たち、夏休み前も絡んできた子たちだ。高橋たかはし圭子けいこさんと松本まつもとあいさんと中村なかむらさやかさん。高橋さん、ぜったいに弘樹くんのこと、好きだよね。あーあ。


「じゃ、あたし、教えてあげる!」

 思いついてそう言っても、「彩香ちゃんの教え方、分からないもん。ノートも弘樹の方が見やすいし」と返されてしまう。

 あたし、何が分からないか分からないから、教えるのって苦手なんだよね。確かに、あたしの教え方、分からないと思う。分かってるよ。そして、弘樹くんのノートはきれいだし、分かりやすい。先生が口頭で言ったこともメモしてあるし。それも分かってる。あたしのノート、ほとんど要点しか書いていないし。だって、教科書に書いてあるから、書かなくてもいいじゃん?


 そんでもって、やっぱり呼び捨て。

 弘樹、だって。

 ううう。

 あたしは眉間に皺が寄るのを必死で我慢した。

 あっ。

 高橋さん、弘樹くんの肩に触った。

 あっ。

 松本さん、「やだあ」とか言いながら、弘樹くんの手を触った。

 あっ。

 中村さん、弘樹くんのノート見てる。

 ううううう。

 あたしあたし、あたしが弘樹くんの彼女だもん!


 泣きそうな気持ちになっていたら、弘樹くんがあたしの顔をじっと見た。あ、だめだめ。見ちゃ、だめ! だって、あたし、今変な顔してる! でも。

「彩香、すぐに終わるから、図書室で待ってて?」って、弘樹くん、耳元で囁いてくれた。だから、涙を堪えて「分かった」って頷いたの。


 あたしはおとなしく図書室で待つことにした。

 いいもん。本読みながら、待つんだもん。

 それで、いっしょに帰るんだもん。

 でも、図書室でも痛いことがあった。

 宇宙の本を読んで気持ちを押しつかせていたら、「テスト前に余裕だよね、木崎きざきさん。勉強とは関係ない本読んでるよ」「授業中もずっとよそ事しているって話だし」「勉強出来るって自慢してるよね?」っていう声が聞こえてきた。いまの、絶対に聞こえるように言った! 


 あの女の子たち、高橋さんの友だちだ。いっしょにいるの、見たことある。クラスは違うけど。

 うわー、こわいよー。女子、怖い。自分も女子だけど。

 気持ちを落ち着かせるために、本に集中する。

 そして、さっきの教室での一件やいまの気持ちを突き刺す台詞を、こころの奥にある箱の中にしまい込むことにした。そして鍵をかけるんだ。ママが教えてくれたやり方で。

《覚えていなくていいことは覚えておかなくていいの。消去出来なくても、こころの奥にある箱に入れて、鍵をかけておけばいい》

 ――ん。よし。

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