第5話 はじめてのこと①

 教室に戻ったら、さっきのどきどきがまた襲ってきた。心臓がばくばくする。

 あー、きんちょーしたあ! すっごくきんちょーして、なんか変なこと言っちゃったかも! テストなら簡単なのに、恋愛って難しいぃー!

 でも! 告白……成功だよね? 弘樹くん、「いいよ」って言ったよね? ……うふふ。嬉しいなっ。


 彼氏、なんだよね? 彼氏! きゃあ! 

 あたしはついにやけてしまう顔を教科書で隠しながら、またこっそりと弘樹ひろきくんの横顔を見た。弘樹くんはやっぱり真面目に授業を聴いて、ノートを書いていた。

 ……あたしはこんなにどきどきして、授業どころじゃないんだけど、弘樹くんはすごいなあ。ちゃんと授業に集中している。

 ……中学のとき、彼女がいたっていうのはやっぱりほんとうなんだ。

 ふいにそういうことが気にかかった。

 どういう子だったのかな? かわいい子? きれいな子? 背が高かったのかな?    どんな話をしていたんだろう?

 ――だめだだめだだめだ! この思考危険危険―‼ ああ、でも気になる!



「でね、あたし、弘樹くんの元カノがすごく気になっちゃって」とアールグレイを飲みながら、ママに言う。

「分かるわあ」とママは言う。

「分かるわあ」と織子おりこも言う。織子は分かっていないと思うけど。

「卓さんはね、ママより一回りも年上だったのよ。奥手だとか、恋愛に縁がない、なんて言っていたけれど、何もないわけ、ないじゃない~!」

「うんうん」とあたしが言うと、織子も「うんうん」と言った。


彩香あやかも、忘れられないでしょう、あらゆることを。ママもなの。……織子はどうかな?」

「織子も!」

「うんうん、遺伝ね! そして、同じことをついつい、ぐるぐる考えちゃうでしょう?」

「うん」

「織子も!」

「彩香には教えてあげたけど、もう一度言うね。織子も覚えておいて」

「うん」「うん」

「まず、嫌なことは覚えてなくていい。ふつうのひとはすぐ忘れちゃうの。でも、あたしたちは忘れられないでしょう?」

「うん」「うん」

「でも、覚えなくていいから、こころの奥に箱を作ってそこに入れなさい。そして、鍵をかけるの。イメージして?」

「イメージした」

「した!」

「これ、訓練で出来るから、ぜったいに出来るようにしておくこと! 嫌なことはこころの奥の箱に入れて鍵をかける!」

「鍵をかける!」と織子が言い、あたしは「うん!」と言った。


 この、「こころの奥の箱に入れて鍵をかける」は、あたしにはとてもだいじな作業だった。ママは大人になってから出来るようになった、って笑っていた。大変だっただろうなって思う。あたしはママに教えてもらっていたから、たぶん、ママよりずっと生きていくことが楽だった。織子も今からやればいいと思う。


「それからね」とママは言う。

「ぐるぐる考えるのは二周まで」

「にしゅうまで!」と織子。

「二周したら、あとはやっぱりこころの奥の箱に入れること。鍵かけてね」

 ママはあたしの頭をなでなでした。織子にもなでなでされた。

 うん、あたし、頑張る!


「彩香さ、弘樹くんとお出かけしたら? 誘ってごらんよ。きっといいって言うわよ」

「そうかなあ?」

「そうよ。弘樹くん、何でも言うこと、聞いてくれそう」とママ。

「そうよ!」と織子。

 なんか、ママの台詞、どっかで聞いたことあるんだけど。……気のせいかな?

 あたしはママと相談して、弘樹くんを映画に誘うことにした。

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