第2話 夢

 気持ちの良い目覚めだった。寝起き特有の湿り気のある掛け布団、それと対極にある乾き切った口内、いつもあるはずの感覚が今はまったくと言っていいほど感じられなかった。

心地よさを感じながら、今年変えたばかりの布団から腰まで起き上がると、

突然…‼︎

僕の心臓に血液を通って山椒が放り込まれ、

ピリッと瞬間的に僕を緊張させた。

世にも不思議な光景が僕の眼前に広がっていた。


そこは僕の知っている部屋ではないと確信を持てた。

壁一面には張り替えたてのような綺麗な縁のない畳が貼られ、

すぐ足元にはべっ甲色の割れた花瓶。

開けられたドアの向こうには曇天では済まされない灰色の世界がただただ広がっていて、終わりのない宇宙のようにどこまでも続いているように見えた。

中でも一際目立つのが部屋の隅にある、

"トーテムポールを想起させるような木製の柱"。

それは資料で見たような何か文化的な文言やシンボルのようなものが刻まれていない真っさらな木で、決して小さくはないが天井までは伸びておらず、

"ただそこに生えているよう"であった。

混乱状態の僕の耳に聞こえてきたのは鈍いギシギシと鳴る何らかの音。

そして声。声の主は極端に低く唸るように、言葉を発した。


「救いの手を差し伸べられるのは、そなたかも知れぬ・・・」


 非現実的な状況を理解できずにいる僕は銅像のようにその空間をぼんやりと眺め、出来ることといえば響いてくるその言葉の端々を聞き逃さないようにすることしかなかった。ギシギシという音が再び耳に入ってきたのはその数秒後のことで、気がつけばトーテムポールのようなその木製の柱がゆっくり倒れてこようとしていた。柱のスピードはその大きさから想像するより遥かに遅く、僕は受け止めようと腕を上げたがあいにく右腕がないようでその柱の下敷きになってしまった。


 

 

夢だと理解するのに時間は掛からなかった。

ジメジメとした掛け布団に、乾いていて不快感のある口内。

間違いなく僕は夢を見ていて、たった今現実に帰り、そして生を実感していた。


「一体なんだったんだろうか…」


安堵と共に漏れ出たつぶやきが、口に出たかどうかも定かではないまま

僕はその夢を正確に書き記したい衝動に駆られた。

瞬時にスマートフォンを手に取り、取り憑かれたように急いでメモを取った。


入力できる腕があることに気がつきもせず。



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