トーテムポール

遥生(はるき)

第1話 祈祷

「人類の平和と………」

 言葉の土を硬く握りしめ、崩れないようにと力んだ手が柔らかに解けた後、おもむろに立ち上がる祖母を僕はリビングからぼんやりとながめていた。いつもの儀式的なお祈りが終わったらしい。毎日決まって正午になると僕の祖母はリビングと一体になっている4畳半の和室で何かに懸命にお祈りを捧げていた。僕には物心ついたときからの当たり前の行動であり、特段不思議に思うことはなく、何を祈っているのか、また何に祈っているのか尋ねたことさえなかった。

 カリカリに焼いたベーコンに缶詰の白桃を挟んだ特製サンドウィッチの味は今日も格別だった。

 変わらない日常ではあったが、今日はいつもと違い、祖母の行動や不思議な点について心にしまっていたことを聞いてみたくなった。

「ねぇおばあちゃん」

「なーに?光ちゃん」

 光輔だから光ちゃんと呼ばれている。

「いつも疑問に思ってて、そういえば初めて聞くんだけど…」

「なんだい?何かおかしなことでもあったかい?」

 慌てる様子もなく、静かに僕の言葉を待つ。

「正午になるとお祈りをしているよね。

 一体何をお祈りしているんだい?」

 僕はなぜか唾が逆流しそうになった。

「あーそうだね。光ちゃんには言えないの。

 とっても大事なことだから。あなたにとっても私にとってもすごく大事なこと。」

 答えにはなっていない。はぐらかされて嘘をつかれている気分だった。割と物分かりのいい僕は余計な詮索をせず、素直に応じた。

「そうなんだね。言える時が来たら教えてね」

「わかったわ。言える時が来たらね。」

 それは言える時など絶対に来ないという含蓄のある答えだった。

祖母は和室の小さな段差を慎重に降り、2階の自室へと繋がる階段を亀のような足取りで登って行った。

僕は耳を澄ませて足音をたどる。

祖母が自室に行くまでなんだか気が気じゃなかった。本でも読んで気を紛らすことにした。


 夜になり、さぁ寝ようかという頃、昼間の出来事がふと気になった。祖母のお祈りについて、不可解な点を頭の中で整理してみた。何かお供えや線香をあげるなどといった所を見たことがなく、神棚のような少し高さを取ったところをみても薄い木目の板に草書体で崩された文のような文字が書かれていて解読ができない。おまけにどのようなものなのか(宗教であるかのどうかですらも)教えてくれず、僕に信仰を押し付けるといったこともしない。ネットで調べもしたが、該当するものどころかかすりもしなかった。

イスラム教かもしれない。なんせ世界で2番目に信者が多い宗教だ。僕の家に信者がいたって不思議じゃない。でも違うな。イスラム教は確か聖地を向いて、お祈りの回数は1日5回とかなりの数やる。祖母は正午にやる一回しか見たことがない。

 間違いなく違うだろう。恵方巻きのような方角に意味のある日本神話てきな何かか。そんなことをぼんやり考えながらも、僕は違和感なく眠りに落ちた。

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