第102話 必要な仕事
オッパラ行きについて旦那様が何も言って来なかったのは、今の旦那様の国王代行業務が忙し過ぎたせいだろうか?
なんにせよ、セーフ!
* *
晩餐の後の家族の短いティータイム中。
急に鋭い質問を投げて来たのはラヴィだった。
「そう言えば、お母様、魔王になった王太子妃がお母様は異界から来たとか言っていたのですが、本当ですか?」
うっ!!
「それは私も気になっていた。色々と魔王がベラベラ喋ってくれたせいで、気にはなっていたが、国が滅ぶという大事があって、多忙が過ぎて聞きそびれていた」
ラヴィと旦那様に問われた!! 出自を!! でも、確かに気になるよね!
「ええ、まあ……それは……そう、こことは違う世界から来たわ」
流石にここが物語の中とは言えない。
あなた達は物語の登場人物ですって言われたら複雑だろう。
「どんな所なのですか?」
「文明がとても発達していて、美味しいものや便利な物が沢山あって……でも、魔法はないの」
「え? 魔法が無いのですか?」
「そうよ、科学技術が凄すぎて魔法のように感じる事はあるのだけど、頭のいい人の発明とかは私にはほぼ原理が分からないわ」
「カガク……技術?」
「それで科学で思い出したけど、私、鉄道とか作りたいのよね。あちらは石炭で動くのだけど、こちらは魔石でも代用出来そうだし」
「鉄道?」
「レールという硬い道を作ってその上を長い箱を連ねたような列車を走らせるの。
とにかく人や物資を遠くに運べるから、魔力の無い平民でも遠くに住む家族や友人に会いに行きやすくなるはず」
本気で作るなら魔獣の被害が出ない安全な道を選ばないといけないし、あるいは守護石の結界を強固にしないと。
「魔力の無い平民でも遠くに」
私はメアリーに筆記用具と紙を要求した。
「図に描くとこう……やるとしたら大きな事業になるわ」
「国をあげての事業なら予算もどうにかなるだろう。何せ今や国王代行」
「頼もしいですわ、陛下」
私は旦那様を持ち上げつつも、列車の絵をラフに描いて見せた。
ラヴィがパチパチと長い睫毛で瞬きをしながら、私の絵に注目してる。
「へえ、すごいですね、これが列車。確かに箱のような物が連なっています」
「ところで、元の世界に……そこでお前に大切な存在はいたのか?」
旦那様の真剣な眼差し……。
「家族と数少ない友達くらいでしょうか。恋人とかは死ぬ直前には存在しませんでした」
自分で言ってて虚しい。こっちでもあっちでも友達少ない上彼氏無し。
「美味しいものや便利な物が沢山……それでいやに食にこだわる女になったのか」
「すみませんね、美食の国にいたんです」
あ、ナマコやイナゴとかまで食う国だけど。
私はまだそういうのは未体験だ、流石に見た目的に手が出ない。
「でも鉄道よりもまだ正式に出来ていない旦那様の戴冠式の方が大事ですよね」
「各地で復興作業中でバタバタして忙しい時期な上に、繋ぎの代行たる私に戴冠式など本当に面倒だな」
「諸外国にこの地の守り手は健在だとアピールする為でしょう? 仕方ないのでは?」
暴君皇帝が死んで諸外国は喜んだろうけど、次の王が氷の公爵たるアレクシスだったから、やはり手の出しようのない国となっている。
アレクシスはこの世界で最強の武力を誇る盾であり、剣であり、抑止力だ。
「私がいずれ女王になるより、お父様が本物の王様でいいと思うのですが」
「面倒な仕事が増える……」
アレクシスがいかに仕事人間でも国王代行は流石に面倒なのか。
でも二度目の結婚式の前に直近でやらなきゃいけない大きなイベントは戴冠式ね。
「でもお二人共、変な人間が国の頂点に立ったら、戦争ばかりやったり、お前戦争に行けって嫌な命令をして来たりするのよ。
そう考えると皆が納得しやすい、神経がまともな人間が頂点に立った方が安全なのよ。
前皇帝には突然出征を命じられてラヴィも泣きながら私達を心配していたでしょう?」
勅命だの王命は厄介だ。
「そ、そうでした……。今度は私がお母様とお父様をお守りせねば……」
ラヴィは顔色を悪くしつつも決意を固めているようだ。
14くらいの子供には重荷で可哀想だけど、ラヴィは聖少女の詩の主人公なのよね。
一番相応しいのも確かだった。
魔物の襲撃でアカデミーの建物も破壊されている。
図書館のみ厳重に守られていたが、教室などは壊れた。
急遽無事だった神殿にて卒業式が行われた。
ラヴィの早期卒業だ。
まだラブラブ青春送る途中だったろうにハルトは旅に出ちゃうし……可哀想。
物思いに沈みつつも、私はガーターストッキングなどの下着モデルの発表ショーの招待状を制作し、富裕層の女性達に送った。
ショーは会員制サロンにて行う。
客の方も恥ずかしくないように仮面をつけて参加できる。
そして文官に国の仕事を回して貰う為、私は旦那様のいる執務室へ向かい、ラヴィの方は本日も怪我人の治療の為、治療院に向かった。
* *
「王妃様、本当に国のお仕事の手伝いを?」
「ええ」
こっちのアカデミーに通ってなくても勉強なら日本でしてたのよ。
出来なくはない。
皇帝達が死んだ。
帝国最上層部が不在となり、混迷を極めた我が国。
でも全滅はしていない。
新たな法の整備や政策を打ち出す為、色々やる事がある。
微力ながら私も旦那様の担う、国のお仕事も手伝う事にした。
だって一応今は暫定王妃ポジションだし! とは思ったけれど、やはり色々と整備されてなくて面倒くさい。
山積みの紙の書類を見て、確認しつつもうんざりした。
表計算ソフトくれ! と、言いたいけど無い!
無いなら作るしかない!!
私は青の塔の賢者と最高レベルの錬金術師の欲張りセットとも言える元帝国の頭脳を集めた。
その者達の協力でタブレットと表計算ソフトを共同研究してもらう事にした。
だって書類仕事が分かりにくくて辛いのだ!! 仕方ない!! 効率化は大事!!
「重要機密が漏洩しないように、仕事に使うタブレット、端末には指紋認証、いえ、文官の手首だけ切り落としてデータを盗むスパイがいたらいけない。
パスワードと瞳孔で本人確認を行えるように術式を組み込んで、そう、生体認証も出来るようにして。
死体じゃ起動しないように」
色々前世の知識をぶっ込んで面倒な依頼をしてしまったけど、帝国の誇る頭脳集団には、新たな刺激になったようだ。
「くそ面倒くさい術式になるだろうが、腕が鳴るのう」
「こんなのよく考えつきますね、画期的でやりがいがあります」
青の塔の賢者も錬金術師も嫌がってはいなかった。
まだ新しい事に挑戦する気概があって良かった。
貴重な人材が残っていて良かった。
青の塔は魔法使いの所属する場所だが、賢者も在籍しているレベルの所なので、魔物の襲撃にも見事に耐えて無事だった。
魔法結界で幾重にも守られていたのだ。
まず魔王本人の狙いが執着の相手たる愛する皇太子、後になって平凡な皇太子妃を見限って私と皇太子を結びつけようとした忌々しい皇帝、そしてそれを止めない無能な皇后!!
という感じに完全に私情と感情で動いていたので、魔法使いの塔などはほぼスルーされていたのも不幸中の幸いだった。
魔物は至る所で好き勝手暴れていたが、最重要施設を狙うと言った合理的で理性的な行動はしていなかった。
トップがアレだとアホになるのか? 魔王軍よ。
痴情のもつれに便乗して魔物が暴れただけでも国に大きな被害はもたらし、主に力のない平民が酷い目にあって多くの人が家を失ったりしたけど。
* *
「奥様、いえ、王妃様、こんな状態でセクシー下着を売ってる場合でしょうか?」
お茶を届けに執務室に来たメアリーは顔を赤くして疑問を投げかけて来る。
目の前には下着ショーのプランの覚え書きがある。
「こんな時代からこそ、夫婦円満、大きく失われた人口を増やす為にもこれは良いものよ。
脳と下半身に刺激が行くわ」
「そ、そうですか……下半身に」
「そこ、執務室で何をおかしな話をしているのか」
旦那様のツッコミが入った。
「大事な事業計画ですわ!!
どんな状態でも貴族女性は見栄とマウントと刺激を求めて生きてますから、美しくて良いものは欲しくなるのよ。
出遅れて入手出来なくなるときっと悔しがるから、人心掌握にも繋がるわ」
「下着で……人心掌握が……?」
旦那様は胡乱げな眼差しを私に向けて来た。
「レースがとっても綺麗だもの、イケますわ。
それにこれは私の個人資産から予算を出すので、貴重な国庫からお金を出す訳ではないの」
失われた人口を増やす政策の一環にもなると言っても、ほとんどの文官達は疑わしいといった目を向ける。
そんな中、一人の文官が挙手をして賛同意見をくれた。
「新たな流行を生み出すのも上流階級の大事な役割です。私はいいと思います。
普段見えない所にまで気を使うのも王侯貴族として悪くないかと。
それに、諸外国にも帝国は一旦崩壊して新しい国になっても、まだこの辺に気を使う余裕があるのを見せつける事もできます」
「あなた、いいことを言いましたね。後で美味しいものでも用意させましょう」
「ありがたき幸せでございます」
普通は給料アップとか家門優遇とかに繋がるのだろうけど、まだご馳走程度にとどめておく。
すぐには全面的に信頼できずとも、今後も仕事ぶりを見て、信頼出来そうなら重用するのも悪くない。
「あ、ちなみにレース雑貨の売り上げは魔物の襲撃で家を失った者達の新たな家建造の資金に使われる予定です。
売り上げが全てチャリティー資金になりますと言えば、貴族としての役割を果たせるので、購入者の夫人達も誇れるでしょう」
「そうか、では、えー、次に安定した物資供給にも繋がる鉄道を作る土地、場所の選定であるが……視察とその後に会議をとり行う」
「土地の視察には私も行きます」
私は言い出しっぺでもあるので、旦那様の決定の言葉を聞いて、すっと挙手をした。
「ああ、私も同行しよう。ただし、戴冠式とラヴィアーナの誕生日パーティーの後にな」
「はい!」
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