第103話 忘れ物
美しいレースのガーターストッキング即売会。
これは私の個人資産から商品開発からイベント開催まで見繕うものだ。
全ての出資金はアギレイ領主から。
そして、私は本日、変装して服飾店の女主人のフリをし、髪も黒く染めている。
御披露目場所は会員制サロン。
参加者もモデルも仮面を身につける。
「この度は当方の新作レース雑貨の即売会にようこそおいでくださいました。
このレース雑貨の売り上げは先の魔物襲撃にて家を失った者達の新しい住居建設予算として全額寄付されます。
購入者となる皆様は寄付という高貴かつ、慈悲深い行為をされるのと同じ事ですので、家門の評判も上がり、恩恵を受けた民も感謝する事でしょう」
チャリティーなので夫の目をあまり気にせずに買えるだろうという配慮もある。
一人の夫人が手の上でパチンと扇子を鳴らし、私に質問を投げて来た。
「レース雑貨、つまりはこの薄い生地の靴下の事ですわよね?」
「はい、ガーターストッキング、つまり靴下の事ですが、伝票や帳簿に靴下の代金と書くよりレース雑貨と書かれた方が見栄えがよろしいかと。嘘ではありませんので」
「客への配慮ですのね、分かりました」
「ショーでモデル着用の物のデザインと同じ物がテーブルに見本として15種飾ってあります。
商品の手前の商品名を表している、A-1などという文字と、ご自身のお名前と希望数をお渡しする紙に書いてください。
奥から同じレース雑貨を取り出し、箱に詰めてお渡しします。
当日分は同じデザインの物は二着まで、そして先着順ですので、ご理解ください。
しかし、在庫切れの際は後日受注販売も可能です」
誰がどの下着を買ったかよく分からないようにする。
あいつが私と同じのを買った! とか気にしなくていいようにである。
そして、特に問題も起きずに、好評かつ、和やかな雰囲気でチャリティー販売会は終了した。
今や王妃となった私主催の販売会なのは周知されているので、暴挙を行う愚か者はいなかった。
* *
メイドのメアリーが入浴後に部屋でくつろぐ私の元にカタログを持って来た。
「奥様、陛下の戴冠式用のドレスをどのデザインにするか選んでください」
「ああ、そういうのもあったわね。陛下に合わせて、この白と金でいいのでは?」
「寝る前に旦那様にもこのデザインでいいか訊いてみるわね」
「はい、よろしくお願いいたします」
* *
そして夜に戴冠式の礼服デザイン画を抱えて旦那様の寝室に、いざ侵入。
ハッ!!
ソファに無造作にかけてあるのは旦那様のシャツ!!
これを着れば、彼シャツってやつができるのでは!?
いや、彼じゃなくて夫だから夫シャツになるのかしら?
私は今着てるドレスを脱いで、旦那様のシャツを着てみることにした。
姿見の鏡の前で私が着るには、はるかに大きなダブダブの彼シャツならぬ夫シャツを着て見た。
ふふん、悪くないじゃない!?
ついでにガーターストッキングも脱いでおいた方がよりらしくなるわね。
って、事でベッドの脇に脱いだガーターストッキングを置いた。
そしてその姿のまま、旦那様のベッドの上にゴロリと寝転がる。
しばらくして風呂上がりの旦那様が部屋に戻り、ベッドの上の私を見つけてギョッとする。
「そ、其方は何をしているのだ? それは私のシャツではないか?」
「こういうの、私の世界では彼シャツと言うのですよ。
男性の恋人のことを彼氏とか彼って言うのです。
今回の場合は夫のシャツになりますが、そこはまあ置いといて、男性ものは女性が着るとぶかぶかでかわいいでしょう?」
私はドヤ顔で言い放った。
「……自分でかわいいだろうと言ってはだいなしではないか?」
「むー、反応がかわいくありませんね。気にいらないなら、脱ぎますよ」
「ま、待て、目の前でいきなり脱ぐやつが……」
旦那様は慌てて後ろを向いたようだ。紳士か。
私はドレスを途中まで着た。
「背中のファスナーを上げてくださいませ」
「……し、仕方のないやつだ」
旦那様は口では不服そうだったが、ファスナーを上げてもらった後で、耳が赤いのを見つけた。
くくく、今のファスナーを上げて欲しいと言ったのはわざとよ。
私は旦那様の耳が赤いのを見逃さなかったので、少しだけ機嫌を良くした。
「そもそも其方は何しにこの部屋に来たのだ?」
「あ、戴冠式の衣装デザインはこれでいいのか伺いに」
私は旦那様に持って来たデザイン画を見せた。
「どれでもいいから、其方が好きに選べばいい」
「はーい」
とりあえずまだ二度目の結婚式の後にもチャンスはあるはずだし、今日はこの辺で勘弁しておいてあげるわ!!
* *
そして私は自分の寝室に戻ってから、足がスースーするのに気がついた。
ああっ!!
ガーターストッキングを旦那様の部屋で脱いだまま、忘れて来た!!
……ま、いいか、夫の部屋だし。
あ、でも、もう一つ忘れた。
「おやすみなさいと言って、ほっぺにちゅーくらい、すれば良かったな」
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