第98話 愛している。
【今やワタシは万能だ、この世のあらゆる事ガ、手に取るヨウニ分かる】
君臨する魔王は艶然と笑い、そう言いはなった。
「それなら聞きたい事があるわ。子爵領の魔物騒ぎの件で救援を呼んだのは誰!?
誰がわざわざ公爵邸の庭の妖精のポストに手紙をいれたの?」
【──よかろう、冥土の土産に教エテやろう。
皇太子妃たる私の命令をキイタ、子爵夫人の手の者ダトモ。出入りの業者ニ紛れこませたと報告を受けテイた】
「黒魔法の魔女の言っていた偉大なる御方って?」
【むろん、魔王タル私の事ダ】
「なるほど謎は解けたわ」
【ソウか、デハ、もう死ぬがいい──】
魔王が暗黒の空に手をふりかざすと、炎を纏う石が空から降って来る!
まさか、メテオクラスの火球!?
「ラヴィ! 結界を二人で!」
「はい! お母様!」
二重結界!!
巨大な火球が私の結界に衝突して、消滅!
ビキン!
しかし、私の外の結界がヒビ割れ、一枚破れた!
残るはラヴィの結界のみ!!
火球は消えたが、今度は魔王が虚空から取り出した槍を手にし、それをこちらに投げつけた!
ラヴィの張った結界に衝突し、ビキビキと結界がガラスのようにひび割れていく。
アレクシスが動いた。
娘を、ラヴィをその背に庇うように、このシーンは覚えがある!
このままだと、原作通りに娘を庇ってアレクシスが死ぬ!!
私は自分の太ももに差してある、コカトリスの羽で作られたダーツの矢に似た物を抜き、アレクシスの影を目掛けて投げた!
それは彼の影を縫い止めるように、地面に刺さった。
「何だ!? 動けない!」
私はラヴィを庇うアレクシスを、さらに庇うように抱きしめた。
「その矢尻には影を縛ると口以外動けなくなる魔法がかかってますが、術者が死ぬと、すぐに開放されます。
アレクシス、今までありがとうございます、ラヴィをよろしくお願いしますね」
「お母様!?」
「ディアーナ!! お前何を!?」
魔法のロッドを構えたまま動けないラヴィにも声をかけた。
今際の際に、良い言葉が思い浮かばない、ありきたりの言葉しか、
「ラヴィ……アレクシス……あなた達を愛してるわ、長生きしてね」
最後の一枚の、結界が破られた。
嫌な音がして、魔王の槍は私の体を背中側から突き刺した。
私の意識はそこで途切れた。
* *
「いや! 嫌です! 目を開けてお母様!」
「おい! 何をしているんだ、ディアーナ! 起きろ! 死ぬな!!」
【ははは!! 愚かな者達ダ!! 哀れだから教えてやろう、ソノ女は偽物だ】
「ニセモノだと!?」
【ディアーナと言う名の女ハ、娘の誕生日にわざわざ遠乗りに出かけ、落馬し、ソコで死んダ。
何故か異界から来た魂がその時、ソノ中に入った。
妻だと思っていた者は偽物で、娘が母親だと思っていた者も偽物ダ】
「なん……だと」
【あるいは……もしやこうナル終焉を見越して、神の与えた最後の慈悲だったのかもしれナイナ。
娘を愛さない母の代わりに、愛してくれる他人の魂を入レタ。優しくしてくれただろう? 偽物は】
「……わ、私には、偽物のお母様なんて、いない!
私には、途中からもう一人お母様が増えただけ、私のお母様は二人、いたんだわ!
偽物なんかじゃない!」
叫んだ後で、泣きながら、少女は母親の背の傷を、あらん限りの力で、癒そうとした。
槍自身は背中を抉った後に黒い霧となって消失している。
「おい、ディアーナ、何か……おかしいと思ったら、別人だったのか。
それならそれで構わないから、いつもみたいにおかしな事を、言え、言ってくれ。
いつものように私を呆れさせ、笑わせてみろ、……なぁ?」
愛しい者は答える事なく、蒼白な顔で倒れたまま。
「お母様! 起きてください! 傷は塞ぎました!
……き、傷は塞がったのに! お母様が目を覚まさない! お父様っ、どうしたら!」
「春に……なったら、もう一度、結婚式をしたいと言っていたじゃないか……」
彼女の手首には御守りの組み紐ブレスレットがあったのを見つけたが、その糸が千切れていた。
アレクシスは不器用な手で千切れたブレスレットを強引に結ぶ。
まるで再び縁が結ばれるようにと。
「お母様!」
「まだ、私はお前の本当の名前も、教えてもらってないんだぞ?」
「勇者! 魔王を倒してください! もはや聖剣を持つあなただけが頼りです!」
「でも、元は皇太子妃で、女の人じゃないか!」
「ソレは、もう人ではないのです!」
血塗れの帝国の騎士が血を吐きながら叫んだ。周囲は血と死臭に満ちていた。
この国の民、この国の兵士が、その屍が魔王の蛇体のうねりの余波で、弾かれ潰され、至る所で転がっている。魔王は移動するだけで人々の死を招いた。
でも、勇者は動けなかった。
それどころか、大切な聖剣を取り落とした。
【ははは! 今世の勇者はずいぶんと優しいな!】
そう、今世勇者は、ただの魔物相手だと戦えるが、元が人間の女性だと知ると、戦えないほど優しい男だった。
魔王は虫けらをみるように、心底愉快そうに笑った。
「借りるぞ、私の剣と交換だ。お前は娘を守れ」
アレクシスは腰に帯刀した自分の剣を鞘から抜いた後、勇者の足元に置き、勇者の聖剣を手にした。
もう聖地からは持ち出せたのだから、こっちのものだと言うように。
【オマエ何をしている、勇者以外が聖剣を手にしても、本来の力を発揮出来ぬぞ】
「たとえ、三分の一でも! 攻撃が通るならば!」
騎士達の通常の武器では魔王に傷をつけられなかった。
しかし、アレクシスの振るった聖剣は、魔王の蛇体に傷を入れた。
アレクシス本人の、胸に刻まれた、悲しみの傷と同じくらいの深さで傷が入った。
傷口から魔王の青い血が迸る。
【何ィ!? そんな、バカな……っ】
「終わりの時だ、魔王よ!! 大人しく死ね!!」
アレクシスは高く飛んだ。
まるで本物の勇者のように、高く飛び、そして魔王の胸に聖剣を突き立てた。
【ああああ……っ!!】
魔王となった女は、聖剣の放つ聖なる光に焼かれていき、やがて、灰となって、散った。
アレクシスは大地に着地した。
血塗れで横たわる妻は、娘の膝の上にて目を閉じたままだった。
「お母様! お父様が魔王を倒してくださいましたよ! 目を、目を覚ましてください!」
「閣下!!」
アドライド公爵家の護衛騎士が一人、駆けつけた。
「……なあ、エレン卿、彼女の名前を知らないか? 名を、呼んだら、起きるかもしれない」
騎士はハッとした顔で、己の主に返事を返した。
「あ、もしや……女傭兵のフリをしていた時に名乗った、カホと言う、聞き慣れない響きの名前は、異界の?」
「女の傭兵?」
少女は知った。そこで、真実を。
「──あ、お母様は……いつも、私の側で……守って下っていたの……ですね。あんな、変装までして」
聖女は母の頬を優しく撫でた。
「カホ……カホ、なのか? 君の名前は」
* * *
とある神殿の中。
「大神官様、全て予言の通りですね」
「ああ、皇太子が行方不明になった時、魔王軍配下の者の手で、魔の因核を体内に埋め込まれ、皇太子と皇太子妃がその影響を受けて欲望が増幅された。
欲しい物はどんな手を使っても手にしたくなるように。
そして、皇太子妃が魔王となった」
大神官と配下の神官は神殿の奥深くで神を祀る祭壇に花を備え、蝋燭に火を灯した。
「世界各地で、魔物が暴れ、多くの犠牲が伴いましたが……」
「犠牲者は出たが、これで帝国の暴君は死に、この世界の膿も出る。
これも神の思し召しであろう」
「魔王は討たれた。後は速やかな救済を」
「全力で聖女様の後援を行うのだ。全ては……」
「神の御心のままに……」
* * *
私は、暗闇の中を歩いていた。
遠くに丸い窓みたいな明かりが見えたので、走ってから窓に辿り着き、そこを潜り抜けると、急に一面の美しい花畑に出た。
女性が花畑のただ中に立っている。
そこにいたのは、ディアーナ、本物のディアーナだった。
蜂蜜色の美しい髪が、風に靡いて、琥珀色の瞳が私を見つめていた。
「ここにいたの、ディアーナ。ねえ、戻ってあげたら? 子供と、夫が待ってるから」
ディアーナは首を振った。
「あの二人が待ってるのは、私じゃないわ、貴女のほうが、上手くやれる。
ずっと、貴女の中から見てたから分かるの」
「体の中にいたの!? そして見てたの!?」
「ええ、だから、私の体は貴女にあげる。私は最初からやりなおすの、まっさらな所から。
今度は私の手で望むものをつかむわ。
だから、あちらには、貴女が戻って、カホ」
私はディアーナに突き飛ばされて、地面に激突!
したかと思ったら、柔らかい膝の上だった。
「冷たい」
私の頬に、涙が落ちていた。ラヴィの顔が見えた。
そして夫の声が、私の、以前の名を呼んだ。
「カホ?」
「カホお母様!?」
ラヴィの愛らしい顔は涙で濡れていて、旦那様のお顔は、蒼白だった。
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