第96話 優秀な母体

 翌日の夕刻。



「陣中見舞いに参った。

なんでも聖女がドラゴンゾンビを倒したそうじゃないか、直々に褒美をやらないとな」



 なんと、皇太子が直々に陣中見舞いに来た!!



「私だけが倒した訳じゃありません、皆の協力あってこそです。

何より止めを刺したのは勇者様ですし」

「手柄を譲ろうというのか? 殊勝な聖女よな。

何か望む物はあるか?」


「いいえ、私自身は特には、──ただ、被害に遭われた隣国は属国ゆえ、十分な補償を、救いをお願いしたく存じます」


「さすが聖女、慈悲深い事だ。そのように致そう。

──さあ、祝いの盃を受けよ」



 な!? ナチュラルに怪しい酒を出して来た!

 おい、コラ皇太子! 怪しい物を娘に勧めるな!! 

 私は娘の前に出て、盃を、ゴブレットを受け取った。


「娘はまだ子供ゆえ、私が代わりに」

「そうか? よい、許す」



 いちいち偉そうだな! お前は!!


 ゴクリ。正体不明のお酒を飲んだ。結構強い。

 まだいつ敵襲あるか分からない上に、未成年の子供になんて物を飲ませようとしてんの!


「ありがとうございました」



 私は飲み干してゴブレットを返した。


「ドラゴンという大物の討伐祝いの食材も届いておる。今宵は硬いパンと肉ではなく、美味しい物が食べられるだろう。

 聖女は食事をしてからゆっくり休んでくれ。

 それと、公爵夫人にはまだ話が残っている故、食事の後で私の天幕に来るように」



 夜に人妻を天幕に呼ぶな! 

 と言いたいけど私が断るとなんかラヴィに無茶を言いそう。



「わ、分かりました」



 なので私は承諾するしかなかった。


 食事の後で一人で皇太子の天幕に来た。

 中は人払いがされていて、嫌な感じ。



「これを見てくれ、どう思う?」



 見せられたのは誰かの似顔絵、いや、二十代くらいの男性の肖像画だ。



「どなたか存じませんが、整ったお顔の男性ですね」


「王弟の子だ。

今は神殿にて神職をしているが私が王位を継げば補佐をさせる為に還俗も可能なのだ。

どうだろうか? 聖女の夫として」


「え!? 娘とはだいぶ年齢も離れておりますし、聖女は勇者と、とても気が合って仲良くしておりますので、そのような話はご遠慮ください」


「優秀な母体からは優秀な子が産まれる。

それを其方は体現しておるではないか。

聖女が勇者と懇意にするのは構わぬ。相手を一人だけと決める事もあるまい」



 コイツ! ラヴィをなんだと思ってるのよ!

 皇家に取り込んで優秀な子を産ませたくてそんな事を!?



「娘は純粋な子ゆえ、そういうのは向きません。

男を複数当てがうだなんて、聖女を汚すような事をして、力を失ったら帝国にとっても多大な損失になるかと思われます」


「では、其方がもう一人くらい頑張って産むのはどうだ?

その美貌、今も衰えを知らないようだし、私と」



 皇太子は急に私の手をとって口付けた。

 鳥肌が立つわ!


 って、皇太子の背後に!! なんかいる!



「きゃあっ!!」



 思わず皇太子の手を振り払い、後ずさる私。



「手にキスをされたくらいで、そのように生娘のような反応をせずとも」

「違う! 後ろ!」

「後ろ?」


「大きな目玉が宙に浮いて!」

「え!?」



 そう言って皇太子は振り返って、一瞬固まった。

 あれと目が合ったのだろう。

 血のように赤い、一つ目の化け物。


 そして、不意にその宙に浮く目玉は消えた。



「な、なんだ、あれは!?」



 私が知るか!!



「娘が心配なので戻らせていただきます! 殿下も早く安全な皇城へお戻りを!」



 私は慌てて皇太子の天幕を出て、衛兵が私と入れ替わりに皇太子の天幕に入って行った。



 私は自分達のテントまで走った!



「ラヴィ!!」

「お母様、どうされたんですか?」



 血相を変えてテントの中に走り込んだ私を見て、ラヴィは驚いた顔をした。


 布団を敷いていたラヴィは、もうネグリジュ代わりの部屋着っぽいのに着替えていた。


「皇太子殿下の天幕に変な目玉が! こっちは何も無かった!?」

「変な目玉!? こっちには別に、大丈夫ですけど」

「一つ目の大きな目玉が宙に浮いていたのよ! 何か知ってる!?

アカデミーで習った!?」


「い、いいえ、詳しくは分かりませんが、宙に浮かぶ目玉なんて、魔族ではないでしょうか?」

「確かに……人間ではないでしょうね」


「あ、そう言えば、さっき伝令が来て、お父様がこちらに合流されるそうです。

ドラゴンゾンビなどが出たせいで、増援だそうです」

「まあ、最強の増援ではあるわね」



 ついでに皇太子はろくな事をしないから早く帰って欲しいと思った。

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