第95話 偉大なる御方と魔女

 魔獣戦線。

 第一波を乗り切った夜。


 ラヴィもとりあえず落ち着いて見えるし、今からお肉を解禁しようと思う。


 なので私はバーベキューセットで鶏肉を焼く。

 肉から油が出て、じゅうじゅうと良い音もしている。

 これがまた、たまらなく食欲をそそる。


 焼いた骨付きの鶏肉に、野菜スープも添え、テーブルに並べた。



「あー、皮になんともいい焼き色がついてるわ、ほら、食べ頃よ、お食べなさい、子供達」



 美味しい調味料も振りかけて、味付けも簡単。

 ラヴィとウエンディが食べやすいように身をハサミで切ってあげる。

 ハルトは男の子だし、骨付き肉に齧り付く。



「お母様、これ、皮パリッとしてて美味しいですね」

「鳥の肉も……すごく柔らかくて、美味しいな!」



 焼き立て、出来立ての温かい料理をハフハフ、もぐもぐと、一生懸命食べてる様子が、なんとも可愛い子供達だった。



 ささやかな幸せの後に、揺り返しのように襲い来るものか、不幸というものは。


 我々が就寝時間になってテント内で寝ていたら、深夜に誰かの叫び声で叩き起こされた。



「ドラゴンゾンビだ!!」

「照明魔法を!! 視界を確保しろ!」



 魔法の光の元、曝け出された、所々骨の覗く黒い巨体。

 その邪悪で不吉な存在に、にわかに騒然となるキャンプ地。

 

 大地を揺らす巨大なドラゴンゾンビが暴れ、周囲の岩や木々を薙ぎ倒す。


 崖の上から弓兵の弓矢が雨の様にドラゴンゾンビに降り注ぐ。

 しかし、弓兵の弓はどうやら効かない。効いてる様子が無い。


 そしてほぼ骨と腐った肉の塊たるゾンビが大きく口を開けると、いかにも黒と紫色の混じったような色の、禍々しいブレスを吐いた。



「まずい! 腐敗のブレスだ!! 距離を取れ!!」

「ブレスをどうにか食い止めろ!」

「ぎゃあああっ!!」

「うわあっ!! 武器や盾まで腐り落ちた!!」


「どこかにドラゴンゾンビを操る、ネクロマンサーがいるんじゃないか!?」

「早く見つけて倒せ!」


「ブレスのせいでドラゴンに迂闊に近寄れない!」

「もうダメだ!! ここでみんな死ぬんだ!」



 周囲は阿鼻叫喚の坩堝となった。


 「唸れ! 炎龍!」


 私はハポングで手に入れた名刀、炎龍の刀の炎でドラゴンブレスに対抗した。

 この炎が一般兵を守ってる隙に!


「ラヴィ、通常は癒しの力たる祝福の光と風が、逆にドラゴンゾンビに効くはずよ」

「あ! 流石はお母様! なるほど!!」



 ラヴィは手にしていたロッドを一瞬天高く掲げると、全身に清廉な光りを纏った。

 そしてロッドの先端をドラゴンゾンビのいる前方に向け、呪文を紡いだ。



『ホーリー・ライト!!』

『シャイニング・ウインド!!』



 ラヴィの聖なる光の魔法に私の唱える祝福を乗せる、輝きの風の合わせ技でドラゴンゾンビに深刻なダメージを与えた。



『グギャアアア!!』



 ドラゴンゾンビが苦しみのたうち回る。

 そこへすかさず勇者ハルトがドラゴンゾンビと十分に距離を取ったまま、聖剣にてソニックブレードのような光を纏う衝撃波を起こし、ドラゴンゾンビの骨を砕いた。


 その後、ドラゴンゾンビを操るネクロマンサーらしき存在を弓兵が見つけた。



「あ! 岩陰にいたぞ! 黒魔法使い! 魔女だ!」

「チッ!! クソ共が! またも邪魔をして!!」



 あ! あれは! あの時の偽装妊婦魔女ババア!! 

 今度はやつが転移スクロールを使う前に私の土魔法で捕縛する!!


 大地の精霊を召喚!!



「捕らえたわ!!」



 私の土魔法で魔女の足元を固めた!

 敵は足元だけコンクリで固められたかのような姿になったのだ。

 魔女は恨みがましい視線をこちらに向けて来た。

 私はその視線から守るようにラヴィの手前に立った。



「くそ、前回は聖女誘拐に失敗した挙句、今回までも!!」

「今度こそ吐いて貰うわ! お前、誰の差し金で聖女に手を出そうとしたの!?」



 私の尋問の後に、黒魔法使いの魔女の方から、メキ……ッと嫌な音がした。



「……ああっ!! い、偉大なる、御方、お、お許しくだ……さ……っ!!」



 魔女の足元は土魔法でガッチリ固まっているのに、上半身や首が見えない力で捻れ、ありえない曲がり方をして、魔女は誰かに許しを請いながら、最後まで言い終える事も出来ずに、死んだ。



「え!? 偉大なる? つまり……魔王!? 

魔王の命令で聖女のラヴィアーナを拐いに、前回もあんな手の込んだ事を!?」


 絶命した魔女は私の質問に、もはや答える事は無かった。


 黒の魔女が人間である皇帝や皇族を偉大なとか言う程、信奉するとも思えない。

 でも、魔王的な存在ならありうる。



 ひとまず、ドラゴンゾンビは撃退出来た。

 でも被害者が出てる。


 騎士達が痛みのあまり気絶したらしい負傷者を抱き抱えてる。



「衛生兵! 助けてくれ!! ドラゴンのブレスで腕が腐敗しているらしい!」

「腐った箇所は切り落とすしかない!」

「衛生兵!!」



 治療を担う衛生兵が後方から走って向かってはいるが、



「待ってください! 私が治療してみます!!」



 ラヴィが先に駆けつけ、負傷者達の治療を行う。

 その神聖な光は清らかで、眩しく、優しい。まさしく聖女の輝きだと、周囲も心酔する。



 ラヴィの広範囲ヒールでなんとか……なったようだ。


 でも、魔力をだいぶ消耗したのか、ラヴィの顔色が悪い。

 私は念の為、魔力と体力回復の飲み薬を手渡した。

 ゆっくりと寝て回復の方が体にはいいけど、次にまた襲撃が来たら困る。


 さっき大物が来たとはいえ、まだ、油断は出来ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る