第94話 勇者の力と襲撃と。
国境付近の森の中。
顔を洗いに行った谷川の側に果樹が生えていた。
高い位置にミカンのような柑橘系の果実がわさわさ実っていたのだ。
下の方はもう誰かに取られた形跡がある。
周囲にはハルトやラヴィの他に知らない15か16歳くらいの子達もいたが、皆、木の上部は高すぎて届かないなと言いつつ、水を飲んでいた。
「高枝切り鋏でも有れば……いえ、そうだわ」
私はハルトに大ジャンプをしろと助言した。
「え、高く飛べ? 流石にあそこまでは飛べませんよ」
「聖剣とラヴィがそばにいるから大丈夫よ、飛んでごらんなさい」
訝しむハルトだったが、好きな女の子の母親が言うなら断れない。
「とうっ!!」
するとハルトはすっごい高く飛んだ。
そして見事にミカンっぽいのをキャッチした。
「凄い! ハルト、随分と高く飛んだね」
「本当だ、本当にオレンジが取れた!」
「ふふ、よかったわね」
「公爵夫人、俺がよくこんなに高く飛べるって知ってましたね。
本人の俺ですら気がついてなかったのに」
まあね。私は原作を読んだから知ってるのだけど、
「昔、本で読んだ事があるの。聖剣と聖女の存在が勇者に色んな加護を与え、強くすると」
ハルトはジャンプを繰り返し、合計七個のオレンジを取った。
私やラヴィやそよ風ちゃんこと、ウエンディと近くにいた少年達にも分けてあげた。
「甘い!」
「甘くて美味しい! ありがとうございます! 勇者様!」
従軍仲間の少年達に礼を言われ、照れるハルト。
「ありがとうハルト、このオレンジ、美味しい」
「瑞々しくて美味しいわね。ありがとうハルト」
「うん、皆が喜んでくれて良かった!」
皆で美味しくフレッシュなオレンジを食べた後に、前方の森から何か来る気配を察知。
斥候の傭兵が走り込んで来た。
「救難信号の光球を上空に確認。すぐさま現場に急行せよ!」
敵はゴブリンの群れだった。
「ゴブリンの群れだ! 攻撃力はさほどでは無いが数が多いから気をつけろ!」
「なんだ、雑魚か」
令息達はゴブリンと聞いて冷静に剣を鞘から抜き払い、崖の上に配置されていた弓矢隊が矢を番える。
「矢を放て!!」
司令官の声の後に弓兵の矢がゴブリンを襲った。
悲鳴を上げて倒れるゴブリンと逃げるゴブリンの群れ。
弓兵の一斉掃射の後に騎士や戦士職系の者達がトドメ刺しと追撃を行う。
そして、後方の土煙の中に、さっきより不吉な気配を察知。
「む、あれは……!?」
「おい、後方から竜種! アースドラゴンだ!!」
アースドラゴンは背の低いワニのような硬そうな鱗装甲の竜種だ。
ただ、動きがかなり早い。
猛然と迫って来る!
「ラヴィ、戦意を鼓舞する詩を!」
「は、はい!」
私の指示で戦神を讃える詩を歌うラヴィ。
聖女の歌声にてバフがかかり、味方のステータスが上昇する。
『戦神の力よ、我らが勇士に祝福を』
右手、左手、両肩、両の足に比類なき力沸き立つ。
『我らの眼前に立ちふさがりし者達よ、汝らは偉大なる死の翼に触れ、初めて許されるだろう』
「力がみなぎってきた!」
「聖女の加護だ!! これで怯まずに戦える!!」
味方の士気が爆上がりし、戦士達は体や鎧の重さなど無いかのように、風のように戦場を疾走し、竜種相手でも恐れを無くしたかのように戦う。
魔物達の青い血飛沫が舞い、切れ味の良い斬撃の音が響く。
ハルトが高く飛び、そして近くの崖の岩場を蹴ると、弾丸のように落下し、一際大きな竜種の首に、光り輝く聖剣を突き立てた。
敵の魔物は絶命した。
──ひとまず、我々は敵襲の第一波は凌いだ。
* *
戦地でも、美味しい物をと、私は用意していた食材とバーベキューセットを魔法陣から出した。
戦闘後の遅い朝食と言うか、もう時間的にランチ。
娘の為に、なるべく、血の匂いのしない食材をと、テントの近くでパンケーキを焼いた。
出来上がった物を持ってテントに入る。
「ラヴィ、そのメープルシロップ、好きなだけかけていいわよ」
「そんな事をしたら他の人の分がなくなってしまうのでは?」
「他の人は違う物を食べていると思うわ」
「そうなんですか?」
「テントが違うし、軍の用意した物を食べていると思うわ。
あ、ウエンディも遠慮せずにどんどん食べなさい」
「ありがとうございます! こんなにふわふわで柔らかくて美味しいものは初めて食べました!」
テントの外からハルトが声をかけて来た。
「こんにちは。お呼びですか、公爵夫人」「どうぞ、入って」
「──うわ、ここ、甘くていい香りがする」
女子テントに特別にハルトも呼んだのだ。
「女子テントにようこそ、もうハルトは食事を終えた?」
「はい、硬いパンとさっき倒した竜種の肉のステーキでした」
「アースドラゴンのステーキね、味はどうだった?」
「硬い肉でした。まあ、俺は老人じゃないので食えなくは無いと言ったところです」
老人には噛むのが辛いほど硬いのね。
「じゃあデザートに柔らかいパンケーキはいかがかしら?」
「いいんですか!? 嬉しいです!」
私は柔らかく美味しいパンケーキを食べながら、何故か旦那様とバルコニーで食べた夜食とかの事を思い出した。
思えばアレは楽しい時間だったなあ。
そしてまるで走馬灯のようだなんて一瞬思ってから、悪い考えを振り払うように頭を振ったら、
「お母様、どうされたんですか?」
ラヴィに心配されちゃった。
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