第93話 招集

 私の腰砕け事件の翌日。


「エレン卿が言わせたのですか? あの旦那様がらしくもないセリフを言ったのですよ」



 あれには私の足に力が入らなくなるほどのインパクトがあった。



「私が閣下相手に指示だの命令だのが、出せるはずもないでしょう」

「いえ、指示というか、アドバイスを」


「……奥様をかわいいと思っておられるのなら、もう少し素直になったらいかがでしょう、的な事は言ったような気がします」


「かわいい? 旦那様は私をかわいいと思っているの?」

「猫に例えるくらいならば、かわいいと思われてるはずです」


「猫! 

それだと可愛さにおいて最上位ランクの存在よ!!

それはつまり、私をとても可愛いと思ってると言うことになるわよね!?」

「はい、おそらくは……」



 旦那様、私と仲良くなろうと頑張ってくれたのね!!

 いよいよ春が来たって感じがしてきたわ!

 夏だけど!

 


 そうと分かれば! 旦那様の部屋に乱入し、


「私の頭を撫でてくださっても良くってよ!?」


 私は旦那様の前に立ち、己の頭を差し出した。


「!?」


 旦那様は急な展開に戸惑いながらも私の頭をぎこちなく撫でた。


 よし!!


 私は夫の大きな手で撫でられて満足して旦那様の部屋を出た。

 ──その後で、しまったと気がついた。


 これじゃ親に撫でて貰いたがる子供と一緒では!?

 もしくは本当に「さあ、撫でろ」とアピールするだけの猫!!

 一体何をしているのか!? 浮かれ過ぎた!!



 ──残念ながら、それから特に進展もないまま秋になって、吉報と悲報が届いた。


 吉報は石化病収束の知らせ。

 薬を無償で提供し配った件で、アギレイ領主の私と聖女の名声は上がった。

 そして悲報もほどなくして届いた。


 帝国の隣にある属国でモンスターウェーブが発生した。


 国境付近にモンスターが来る為に、貴族は各家門から一人ずつ魔物討伐戦線に派遣される。


 勇者は強制的に出る羽目になり、側にいると勇者の力を増す事が出来るラヴィも、やはり同様に戦線に配備される。


 よし、私も行こう!!



「こうなれば仕方ない、私も行きます」

「お母様、アドライド家からは私が出ますので、大丈夫ですよ」


「まだ未成年の娘が出るので、心配なのでついて行きます。

聖女のサポートとか護衛と言えば誰も何も言わないでしょう」



 有無も言わさぬ勢いで私は言ったので、これは決定事項になった。



 * * *



 戦線に送られた者の中には、跡取りを守る為に家督が継げない四男とか、まさに今こそ、婚外子の使い所! とばかりに、生け贄のように出された不憫な子もいた。

 残酷。


 ブルブルと震える女の子もいた。

 その様子を見て、せめて男子をよこせよ。と、私は思った。

 そんな震える女の子に優しいラヴィが声をかけた。



「貴女、大丈夫ですか?」

「す、すみません、これから魔物と戦うと思うと、こ、怖くて」



 まだこちらの成人年齢、十五になりたてくらいの女の子だ。



「貴女の家は戦える年齢の男性はいなかったのですか?」

「わ、私は使用人の子で、ろくな魔力もないミソッカスだから、行けって言われて……」


 この子もいいように使われてる婚外子か。



「貴方は何の属性魔法があるのですか?」

「風ですが、そよ風程度の風しかおこせません」

「ぎゃはは! そよ風だってよ! そよ風! 暑くなったらいい風を頼むぜ?」



 どこぞの口の悪い令息が女の子をからかった。

 ヤンキーみたいな下品な笑い方で本当に貴族か疑わしいレベル。

でも、平民の傭兵はもっと離れた場所に配置されてるはずだ。


 周囲にも会話が聞こえていたらしい。

 よく考えたら、ラヴィが聖女で注目されてるから、聞き耳を立ててる者も多いのかも。



「そよ風ちゃん、貴女、聖女の側にいなさい。

いざとなったら、聖女たる我が娘の肉の盾くらいにはなれるでしょう? 

支援職は後方配置とはいえ、危険が無いとは限らないから」



 私の非情な命令に女の子の表情が蒼白になった。

 公爵夫人たる私の言葉に逆らえるはずがないから。



「お母様! なんて事を言われるのですか! いくらなんでもそんな」

「聖女と勇者は何より優先して守るべき存在です」



 まだ言葉を重ねようとしたラヴィだったが、



「集合!!」



 司令官クラスの騎士が招集をかけた。

 皆、ゾロゾロと司令官の元へ集合して行く。



「これより国境防衛作戦に入るわけだか、今から配置決めを行う。

その後、それぞれ持ち場につくように」



 見張りはほぼ傭兵の男達だ。

 最前列も傭兵、騎士、令息、一部の令嬢と魔法使いのような後方支援の者という感じ。


 女性は戦闘に突入したら中間か後方に配置される事が多い。



 そして待機中はそれぞれグループに分かれてテントを張り、配置についた。

 ヒソヒソと雑談などしながら、いつ来るか分からない魔物に備える。


 そよ風ちゃんは高位貴族の私の命令通り、後方のラヴィの側に配置となった。

 私もラヴィの側だ。



 まだ戦闘になってないので、私と聖女のラヴィとそよ風ちゃんははひとまず、同じテントに入ってる。

 勇者のハルトは男なので違うテント。



「お母様、さっきの発言は本気ではありませよね?」


 正義感の強い優しいラヴィからは、早速先程の私の問題発言に対して言及があった。



「ラヴィの側にいて盾になれと言えば、必然的に後方にいられるし、聖女は私が守るから、聖女の側は基本的に安全な方よ。

肉盾とか言っておけば、お前だけ安全な所にとか、やっかみで令息達に嫌がらせもされないかと」


「なんだ、じゃあ、さっきのお母様の発言は彼女を守るためのウソだったんですね!」

「嘘も方便よ。

私が悪者として矢面に立てば、彼女の生存率も上がるでしょ。

先程は怖がらせてごめんなさいね」


 ラヴィは私の真意を聞いて心底安堵したようだ。



「こ、公爵夫人、そうだったんですね! 

私などの為に」


「こんなに怯えてる女の子が戦場に送られ、大人として私も申し訳なく思うわ」


 ──国のトップが変わる日が、いずれ来るのは原作を読んだ私は知っているけれど……。

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