第92話 一体何が!?

 神殿にてハルトと別れ、ハルトは伯爵領へ、我々は公爵領へそれぞれ戻った。


「お母様は?」


 帰宅するなりラヴィは私の所在を聞いた。

 事情を知るメアリーがすかさずフォローをしてくれた。



「あ、奥様はアギレイのほうかと、もうじき戻られるかと思います」

「そう……」



 カツカツと廊下を歩いて来る聞き慣れた靴音が聞こえた。



「其方達、無事帰ったようだな」



 そして玄関近くまで来ていた旦那様に会ったので、帰宅を報告する。

 まさか迎えに来てくれた?



「た、ただいま戻りました、お父様」

「其方達が無事で良かった」



 め、珍しくそんな事を言った旦那様!?

 もしかして帰ったら絶対言えってエレン卿が入れ知恵を??

 違うのなら明日は槍でも降るのかもしれない。


 まあ、今の私は変装して女傭兵の姿だけど!!

 なので今のはほぼラヴィに対して言った言葉の筈だけど、視線が私を捉えていたような??



 ラヴィも旦那様のらしくも無い、優しい言葉に驚き一瞬フリーズした後に、「は、はい。うさぎ小屋を見てきます」と、言ってそそくさとその場を立ち去った。

 明らかに動揺している!



「あ、私は奥様にお渡しするものがありますので、奥様の工房で待っていても構いませんか? 

そこで今回の報告書も書いておきますので。

口頭での報告はエレン卿がしてくれるはずです」



 私がメアリーに女傭兵の変装を解くための部屋が使いたいアピールを遠回しにすると、理解してくれたらしい。


「あ、はい、では工房にご案内いたします。こちらへどうぞ」



 エレン卿は私が言ったとおり、その場に残って多分、旦那様に口頭で報告をしてくれる。


 私は工房で着替えを行い、窓から外へこそっと出て、外から木の枝に乗って今転移陣で神殿から帰宅しました! ってフリして再び公爵邸の玄関へ舞い戻った。


 よく考えるとこれだと護衛も無しに公爵夫人が外出していた事になるけど、わがままで勝手な振る舞いが多かった過去の行いのせいで多くの使用人達はまたかって顔をするだけだった。


 せ、セーフ!?


 私が旦那様の書斎へ向かうと、もう玄関近くにいた旦那様が戻っていた。

 そして、突然のお言葉。



「会いたかった」


 え!? 今、私の頬に手を触れて、甘い言葉(?)を囁くこの人は、ディアーナの旦那様で氷の公爵と言われるアレクシスで合ってるわよね!?


 思わずドッキリかとカメラを探してキョロキョロしてしまう私。

 エレン卿の姿も今は無い。

 何故か人払いがされていて、書斎は今、私と旦那様の二人だけだった。


 このまるで何年も会ってなかったみたいなリアクション何!?

 ひと月も経って無いよ!?

 季節はまだ夏のままだし!



「あ、アレクシス、どうしました!? 

頭をどこかでしたたかに打ちつけたりしましたか!?」

「其方でもあるまいし。落馬もしていないし、頭も打っていない」



 顔に、いえ、頭に急激に熱が集まるようだった。

 今気がついたけど、イケメンは私に向かって急に甘いセリフを言ってはいけない! 

 頭がどうにかなりそうだわ!


 私は思わずへにゃりとその場にへたり込んだ。



「其方は何をしているんだ」

「ちょっと今、足腰立たなくなりましたが、しばらくすれば動けるようになると思います」



 旦那様にも顔を見せたし、次はラヴィのいるうさぎ部屋に行かないと……。

 なのに、た、立てない!!



「仕方ないな」



 なんと次は私をお姫様抱っこをし、扉前にいるだろう人間に旦那様が命令をした。



「扉を開けろ!」



 扉前の騎士が扉を開けたら、旦那様にお姫様抱っこをされた私が出て来るから、騎士達も唖然とした顔になった。



「か、閣下! 奥様はいかがなさったのですか!?」

「知らん、急に腰を抜かした」


「医者を呼びますか!?」

「お、夫がイケメン過ぎて、いえ、美形なので驚いただけなの! 医者はいらないわ!」

「奥様、旦那様は元から美形でございますよ!?」

「知ってるけど、さっきのは至近距離だった!」



 などと我ながら変な言い訳をした。

 でも私の顔がきっとかなり赤かったせいか、騎士は納得したようだった。

 急に生温かい眼差しを向けて来る。



「では、ごゆっくりお休みください」



 おい、やめろ。

 てか、おやすみくださいって、どういう意味よ!? おい、そこの護衛騎士!

 そして私を抱えたままスタスタ歩いて移動する旦那様。



「ど、どこに行くのですか?」

「腰を抜かして立てないようだから、其方の部屋のベッドまで運ぶが?」

「え!? 私はラヴィのいるうさぎ小屋に行かないといけなくて!」

「腰を抜かした其方をラヴィアーナでは抱える事はできないだろう」



 そ、それはそうなんだけど!

 しばらくすると、私の帰還を使用人から聞いて知ったのか、ラヴィが廊下を走って来た。

 レディは廊下を走ってはいけないらしいよ!

 私もたまにするから注意しにくいけど!



「お母様! どうなさったのですか!?」

「急に腰を抜かした」

「ちょっとびっくりしただけよ、心配いらないからね!」



 ラヴィはオロオロした後、「私もお母様にベッドまで付き添います!」

と、言った。


「好きにしなさい」



 旦那様はいつものクールな顔でそう言った。



「あ、そう言えば傭兵のカホさんは?」

「か、彼女なら私に報告書を渡してすぐに帰ったわ!」

「そうですか、まだ今回の護衛のお礼とお別れを言ってませんでしたのに」

「私から伝えておくから大丈夫よ、ラヴィ」



 そんな話をしていると、私の部屋のベッドまでたどり着き、旦那様はそっとベッドの上に私を下ろしてくれた。



「ありがとうございます」

「では、ゆっくり休むといい。ラヴィアーナも無理せず早めに休むように」



 そう言い置いて旦那様は私の部屋から出て行った。

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