第91話 山の中の妊婦

 とある地方の神殿にて最後の石化病のお薬配布会を終えた。


 配布会が終わった後、ラヴィとハルトとエレン卿と私の勇者パーティー(仮)は湯浴みの後に神殿の庭にあるガゼボ、つまり西洋の庭園や公共の広場などによくみられるパビリオンの一種で、つまり屋根付きの休憩所のような所でレモン水を飲んでいた。

 そこへ走り込んで来た者がいる。


「た、助けてください、聖女様!

お母さんがお産で苦しんでいるんです! お腹が大きいし、もう産まれるのかも!」


 急に現れ、縋って来たのは、貧しい身なりの子供だった。

 なんでも産婆も呼べない山の中に母と娘の二人で住んでいるらしい。

 そして父親は娘と妊婦を残し、狩りにしくじって最近死んだとかいう話だ。悲惨。


 そんな子供のお願いを、ラヴィは無視できる子ではなかったので、おそらく臨月の妊婦がいるらしい山に行くと宣言した。



「出産の手伝いの経験は無いのですが、本では読んだことはあります。

私には癒やしの力があるので、体に問題があるならその力で何とかできるのではないかと」



 なので我々も山の中に同行する。

 しばらく山を登っていると、貧しい小屋のような木造の家があった。

 何というか、猟師が休憩に使う仮の家みたいな雰囲気?


 少女はそこを指差して言った。



「あそこです。聖女様は先に家の中に入ってください。

私は川で水を汲んできますので、すみませんが、騎士様、手伝っていただけませんか?」


 少女はエレン卿に水くみの協力を申し出た。

 やけにあつかましくて、私はなんとなく違和感を覚えた。

 でも、子供だからこんなものかな?  

 などと考えていると、エレン卿は真面目な顔で断った。



「悪いが私の仕事はお嬢様の警護だ。お側を離れる事は出来ない」

「でも、お産の時は男性は中に入って欲しくないってお母さんが……」



「それでも家の扉の前に立つことはできる」


「エレン卿、代わりに水くみは俺が手伝うよ、じゃあ君、俺と一緒に行こう」

「……すみません、分かりました。勇者様、よろしくお願いします」



 結局少女とハルトが川に水くみに行った。


 私とラヴィとで家に入り、エレン卿は扉の外で警護。

 妊婦さんは窓の側にある粗末なベッドに寝ているようだ。



「こんにちは、お邪魔します。娘さんに頼まれて出産のお手伝いに参りました」



 家人にそう断って無防備にベッドに近づこうとするラヴィの肩を私はつかんだ。

 玄関扉の近くで一旦静止させる。



「あの、カホさん?」

「ちょっと待ってくださいお嬢様、私が先に。こんにちは、奥さん、大丈夫ですか?」

 


 私が先にベッドに横たわる女性に近づく。



「うぐ、ぐう……」



 ベッドの上で苦しげに呻いてるのは二十代後半に見える女性。


 私はベッドから1メートルは距離を取ってから声をかけた。

 変な病気持ちだったら困るし。



「大丈夫ですか? 奥さん、どこが痛いとか言えますか?」

「カホさん、やっぱり苦しんでるみたいだし、私が」



 ラヴィが扉の側からベッドへ向かおうとする。

 その時、女がカッと目を見開いてベッドから飛び出すと、急に爪と牙を剥き出しにして、一番近くにいた私に飛びかかって来た!!



「きゃあ!!」



 ラヴィが悲鳴をあげた。

 私はとっさに風の結界を張った。

 風の結界に弾かれた女が後ずさり、その容貌が変わった。



「!? お嬢様下がって!」



 ラヴィは反射的に部屋の隅に下がった。

 なんと女は一瞬で鉤鼻の魔女のような姿になったのだ。


 そのまま私はラヴィを庇うように謎の魔物らしきものに対峙し、睨み合う。



「どうした!?」



 扉の外にいたエレン卿が異変に気がついて入って来た。



「気をつけて!」

「妊婦はどこです!?」

「妊婦と思ってたやつが敵だったみたい!」


「罠か! 手の込んだ事をするやつだな!」


『──くっ、面倒くさい奴らだね』


「魔女かしら!? 普通に喋る!」



 私が驚いていると敵はスカートの中に隠していたらしい木製の杖を手にした。

 すると突然板張りの床が壊れて、裂けた隙間から木の根っこのような物が触手のように飛び出て来た!


 しかし、私を守る風の結界が邪魔だったせいか、今度はラヴィを標的に変えて、捕らえようとする。



 エレン卿が素早く腰から短剣を引き抜き、触手を切り落とす。

 室内ではロングソードは振り回しにくいのだろう。



『ストーンバレット!!』


 

 私は触手を操る事に集中してる敵の隙をつき、土魔法をぶちかました。

 石の礫は敵の腹を貫通し、触手は勢いを無くして床に落ちた。


 でもこの魔女っぽいやつは即死させてない。

 まず尋問したかったから、私は問うた。



「お前、黒魔法使いか!? 誰の命令でこんな事を!?」


『くそ……しくじった……』



 魔女っぽい敵はそう呟いて口からどす黒い血を流す。



「答えろ!! お前は魔王の手下か!? どこかの悪党貴族の差し金か!?」

『ヒヒ……言うわけが無いだろうが、小娘が』



 ババアは私を小娘呼ばわりし、服の袖から小さな巻物を出して破いたと思ったら消えた。



「あいつ転移スクロールなんか持ってた!!

普通に喋る敵だったから色々聞きたかったのに!!」

「待って! これが罠だったなら、川に行ったハルトは!?」



 ラヴィが血相を変えて叫んだ。

 ラヴィはエレン卿のおかげで触手による怪我も無かったようだけど、ハルトは!?



「そうだ! ハルトを探さないと!」



 私は慌てて家から飛び出た。

 慌ててラヴィとエレン卿も走って追って来る。



「ねえエレン卿! 川ってあっちで合ってると思う!?」

「本当にあちらに川があるのかも分かりません!」



 とにかく私達はハルトと少女の向かった方向に向かって走った。

 しばらく山道を行くと少し足元が崩れた斜面があった。



「ハルト!?」



 斜面の下。たしかに川は下にあった。

 しかし川の側にハルトが土まみれの汚れた姿で座り込んでいた。

 そして彼の側には魔物が四体くらい死んでる!?


 私達は慌てて斜面を降りる。



「大丈夫!? 何があったの!?」


「女の子に斜面から突き落とされたら、魔物が襲ってきた。

魔物は何とか倒したけど、足を怪我した」

「それでその女の子は!?」

「喋るでっかいきのこの化け物になって襲ってきたから、そこに倒してる」



「きのこの化け物が人間の女の子に変化してたの!?」



 ラヴィはそう訊きながらもハルトに駆け寄って怪我した足を見た。



「そうみたいだ」



 人間に擬態する上に流暢に喋るキノコの魔物がいるファンタジーな世界。

 恐るべし。



「こっちも妊婦さんかと思ってたら魔女みたいだった。

襲ってきたから応戦したけど逃げられたわ」



 私が説明してる間にもラヴィは癒やしの奇跡でハルトの足を治した。



「ごめん、ラヴィ、手間かけさせて」

「いいのよ、怪我だけで済んで良かったし、そもそも私のせいだもの」

「ラヴィは悪く無いよ、妊婦さんを助けようとしただけだし」



 治療が無事終えても、ハルトが慰めても、ラヴィの顔色は蒼白だった。

 自分が助けを呼ばれて応じて行ったら罠だった。

 そのせいでハルトか怪我をしたので、ショックだったのだろう。



 ラヴィの気を逸らせようとした私はわざと軽い口調で言った。



「でもよく一人で魔物四体も倒せましたね、流石は勇者サマ〜」

「聖剣の力だよ」



 あら、謙遜?



「しかし、あの魔女は誰の差し金だったんだ……。

聖女を狙ったのならやはり魔王の手下説が有力でしょうか?」



 エレン卿が敵の正体に疑問を持っているけど逃げた敵の捜索は他に任せよう。



「分からないけど、これで薬配りも終わったはずだし、ひとまず報告に鳩を飛ばして、アドライド公爵領に帰りましょう」



 ショックを受けているラヴィを家で休ませてあげないと。

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