第90話 まるで某イベント会場みたいに。(薄い本の)

 四件目のお薬配布会。


 時刻は夏なので暑さを考え、早朝6時くらいから10時まで。

 屋根はあるけど横の壁の無いタイプのテントの下、横長のテーブルに椅子が四脚。

 ラヴィと神官三人が並んで座っている。


 こちらで用意したマスクと手袋を装備して神官も配布を手伝ってくれているが、人が多いので今回は看板を用意した。

 誰それが割り込んだとかいう諍いを減らす為でもある。

 いわゆる最後尾の看板。


 お医者等が手一杯で来れずに看病疲れでヘロヘロの患者の家族や知り合いが大勢並んでいる。



「お薬配布列は四列です。最後尾の方はこの看板を持ってください!」

「聖女様の列にばかり並ばないでください! お薬の効果は同じです!」



 なんとなく聖女から貰う方が効果ありそうとか、気持ちは分からないでもないけどアイドルの握手会じゃないのだし、時短に協力してくれ。

 看病疲れの人も早く終わった方がいいだろうに、聖女の列に並ぼうとする。


 仕方ない、勇者の人気パワーも借りるか。

 少し離れた場所から作業を見守っていた私はハルトに声をかけた。



「勇者ハルト、このままでは聖女様にばかり負担かかりますから、あの聖女様の隣の席の神官と変わってくれませんか?

勇者も人気があるはずですし、多少は分散されると思うのです」

「え、俺でもいいの? じゃあ手伝うよ」

「ではこのマスクと手袋をしてください」



 私はハルトに感染予防セットを渡した。



 * *



「勇者が配る側に加わって多少は人がばらけましたね」



 エレン卿が列を見て感心したように言った。


「でも不人気みたいになってる神官に申し訳ないな。いっそ神官の方にだけおまけでも付けようか」

「おまけって何です?」

「クジとか? 当たればお肉かパンを貰える。みたいな?」

「ハズレもあるんですか?」

「ハズレあるとかわいそうかな? 最低でも銅貨一枚が当たる事にしようか」


「今からクジを作る時間と景品を用意する時間あります?」

「棒の先に色塗って引いて貰うだけなら使い回しできるかなって。

あ、でもパンの在庫はそこまで無かったわ。銅貨の枚数を変えるかな?」


 私は急いでバーベキュー用の串を魔法陣付きの布から取り寄せて用意し、尖った先端をハサミで切断し、そこに四種の色を塗り、巾着袋に棒を突っ込んだ物を二個作った。


「今なら神官様の列に並べばクジが引けます! 赤ならお肉、青なら銀貨1枚。

黄色なら銅貨3枚。色無しなら銅貨一枚です!」


 

 予算は全部私の持ってる物から出す。が、銅貨の数が足らないかな?

 金貨と銅貨の両替を神殿の人に頼んだ。

 お賽銭的なお布施の小銭がある筈だ。


 列に並ぶ人々がざわめく。そして、列に並ぶ人から質問が出た。


「すみません! お肉は何の肉ですか?」

「鹿とか猪とか豚です。まあ、栄養になればいいのでは? と」



 なんなら魔物の熊の肉もまだあるけど、聖女の仲間が魔物の肉を配るのもなんだし。

 病人は普通の肉のがいいだろうし。


 金やお肉に釣られた人が神官の列に並んだ。

 物や金で釣るのもどうかと思うけど、夏だし、後方で待ってる人も大変だし。

 何よりラヴィの負担がね。



 * *


 なんとか本日の薬配りも終われた。

 軽く昼食を食べた後に勇者と聖女の二人は夕方まで神殿で借りた部屋で仮眠中。


 その間にラヴィとハルトを労って美味しい物をと、私は裏庭に場所を借りた。

 夕方から魔法陣から転送したバーベキューセットで串焼きを作るのだ。


 昼の間に下拵えをした。

 肉に串を刺したり、チーズをベーコンで巻いて串に刺したり、酢や砂糖を使ったキャベツのタレを作ったり。


 メインは豚肉の串焼きとチーズのベーコン巻き。

 葉物は千切ったキャベツをキャベツのタレで食べる。

 他には焼きとうもろこしと焼き茄子と焼きトマト。

 果物枠にはスイカとパイナップル。


 うん……夏を感じる。

 夏なんだけど。


 日が暮れて、だいぶ涼しくなった。

 子供達がポテポテとした足取りでやってきたのを見つけて、私は声をかけた。



「お二人とも、今日はお疲れ様でした。少しは寝れましたか?」

「「はい」」


「手洗いとうがいはしましたか?」

「はい、水浴びもしたので大丈夫です」

「俺も」



 聖女と勇者は二人揃って同じように答えた。


 この世界における除虫菊に似たお花の煙で虫を追い払い、仲間達と楽しく美味しいお庭バーベキューをしてる。


 ぶっちゃけ料理とはいえ焼くだけなんだけど、神殿の料理はお肉が出ないみたいだから、育ち盛りの子供には物足りない感じがしたので、こうしてバーベキューをしている。

 


 子供達と護衛の私達で焼けた串焼きを美味しく食べて、空を見上げれば、もうすっかり暗くなっていた。



「今日も星が綺麗に見えるわね」



 私がそう言うと皆、夜空を見上げた。

 これからどんな進化を遂げるのか分からないけれど、ここはまだ排気ガスとか大気汚染がない世界なので、本当に綺麗。


 甘いスイカを食べていたラヴィが、ふと、月を見上げながら言った。



「お母様は今頃何を食べておられるかしら……」

「きっと、同じように美味しいものを食べておられますよ」



 おや? 寂しくなっちゃったのかな? 

 私はここにいるわよ! 

 とも言えなくて、私は適当にフォロー台詞を言ってから、リンゴジュースをゴクリと飲んだ。


 ジュースを飲み込む音がやけに大きく感じて、少し焦った。

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