第89話 お薬配布とお清めと
温泉がある。
ラヴィがお薬を届ける予定の村の近くの島に温泉がある!!
これは……シュバルツとして男装しようかと思ったけど女魔法使いの傭兵になった方がラヴィを護衛しつつ一緒に温泉に入れるのでは?
と、考えを改めて、シュバルツの姉という設定で黒髪ロングのストレートの女に変装しようと決めた。
魔道具で声と瞳の色も青に変えるし、まあ、いけるでしょう。
出かける前に旦那様に今回は女装、いえ、女の魔法使いとして同行すると言っておく。
ふと、思い出して、有事の備えもしておこうと思った。
石化スキルを持つコカトリスの羽根を使った矢を作る。
サイズは遊具のダーツの矢くらい小さな物だ。
誰かの行動を安全に阻害したい時に使える特殊な魔法効果を付与してある矢だから、いずれ……いざという時、役に立つだろう。
大切な人を守る為に。
* *
出発前の顔合わせの時。
エレン卿が何か言いたげに私を見ているけど、とりあえずスルー。
ラヴィが新顔の私に驚き、パチパチと瞬きをしている。
「え? シュバルツさんのお姉さんなんですか。お名前は?」
「カホとお呼びください」
前世の名前が佐藤果穂だし、この名前なら呼ばれたらすぐに反応できる。
「カホさん、よろしくお願いします」
「傭兵相手にさんは不要ですよ、お嬢様」
そして少し遅れて登場したのが、勇者ハルト。
「ラヴィ、今回の旅もよろしくな」
「なんでハルトまで呼ばれたの?」
「当然聖女の護衛だよ、皇命でもある」
「そうなんだ、皇命なら仕方ないね」
「なんだよ、仕方ないって。俺がいるのが嫌なのか?」
おや? 雲行きが怪しい?
「私の巻き添えでハルトが怪我とかしないか心配なの」
「万が一、怪我したら、ラヴィが治してくれるだろう?」
「そうだけど、怪我した瞬間の痛みとかはどうしようもないのよ?」
「そのくらい耐えられる」
ラヴィはため息をついた。心配でもどの道、皇命じゃ仕方ない。
「お嬢様、そろそろ出発しましょう」
雲行きが怪しい二人の様子を見てエレン卿が出立を促した。
我々は頷いて、まずは転移陣のある神殿へ出発する事にした。
* *
「せっかくなので神殿で買い物をして行きましょう」
私は神殿内にある売店を指差した。
「何を買うんですか? 新入りのお姉さん」
「勇者よ、旅の前には薬草と毒消し草は鉄板ですよ。ついでに聖水も」
「これってラヴィが薬草を届けに行く任務だよね?」
私は売店の売り物を選びながら勇者に説明する。
「この薬草は病気治療というより体力回復用ポーションと同じ効果の物です。
液体を瓶に入れた物だけを持って行くのは割れた時に困ります」
「ああ、なるほど」
ハルトは私の説明に納得がいったようだ。
「あ、そう言えばシュバルツさんのお姉さんのカホさん。
シュバルツさんには勇者発見の報奨金の一部をお母様が渡すとおっしゃっていたのですが、無事受け取ってもらえたでしょうか?」
「あ、ええ、弟も臨時収入だって喜んでいましたよ!」
「そうですか、何かまだ仕事があるみたいに言って別れたきりだったので、無事で良かったです」
ラヴィは優しいので傭兵シュバルツの安否をも気にしてくれていた。
* *
我々はアドライドの神殿経由で現地の神殿に着いた。
それから馬車に乗り、感染地域の教会に来た。
聖女自身は神の加護で伝染病にはかからないという言い伝えがあるが、流石に汚染地域の中心の村まで行くのは護衛の同行者が危険だという事で、最寄りの教会にて薬を配布する事になっている。
聖女としてラヴィは救いを求めて集まった人々の前で病の早期収束を祈る。
そして各地の村の代表者や医者に石化病の薬を配布していった。
三件目の教会のある地域からわりと近い島に私は海の塩で体を清めようと言って、皆を温泉に誘った。
そこは火山島の温泉。
我々は漁師に借りた船で島に上陸した。
「え? この海の入り江が温泉になっているんですか?」
「そうです、見てください、あの赤茶色の海水。あそこが温泉です」
「でも、こんな所で服は脱げません」
流石に海で温泉は開放的過ぎると言いたいのね。
「奥様から浴衣よくいと水着を預かって来ました。
この島、今は人が住んでいないようですし、男性達と交代で入れば塩で体も清められますよ」
「我々が見張りに立っていますので。どうぞお嬢様は護衛と一緒に」
珍しくエレン卿も私の味方をしてくれ、塩で清めるのは良い事だと説得に成功した。
護衛騎士は体が資本だ。
健康には気をつけなければいけないから、塩が身体の浄化に効くと言われたらじゃあ入ろうかと思うのだろう。
むしろ自分の為でなく護衛の為だと言えばラヴィもダメとは言えない。
私は魔法陣からテントを出した。
そして私とラヴィが先にテントの中で着替えをして水着姿になった。
ラヴィはよその男性というかハルトが近くにいる時に水着のみだと恥ずかしいのか、水着の上にバスローブ型の浴衣まで重ねて着た。
私は水着だけで行く。
だって竜宮がくれたのがせっかくあるし。
「あら? カホさんの体型はだいぶお母様に似ていますね?」
「まあ! お嬢様ったら、光栄ですわ!
帝国でも指折りの美女と名高いアドライド公爵夫人とプロポーションが似ているなんて!」
そう言えば同じ水着でもあるんだもんね。
それは体のラインが似てるなって思うかもね。
あはは。ドキッとしたわ。
赤茶色の入り江と、奥の海の青へのグラデーションが不思議なのか、ラヴィは恐る恐る海に入った。
「不思議、海が赤茶色なんて。奥の方はちゃんと青いのに」
「海の色が赤茶色になるくらい大量の源泉が海中に湧き出していますね。
温かくてとても気持ちがいいです」
体感でこの入り江の天然温泉の水温は40度くらいはあると思う。
良い湯だな。
大自然の絶景温泉。
護衛の男性陣は船の側の砂浜にいるので、お茶とハムとチーズのサンドイッチを渡しておいた。
入浴後に魔法で出した水をざばあと体にかけて塩を洗い流す。これにてお清め完了。
この後、男性陣が入り江温泉に浸かるので水着を手渡した。
とはいえ護衛任務があるので彼らの入浴時間は短く早かった。
「勇者様、海の温泉はどうでした?」
私の問いに勇者ハルトは頬を上気させたまま答えた。
「海水が温かいので不思議だったよ。そして気持ち良かった!」
「なんにせよ、塩で浄化できたなら良かったです」
エレン卿もさっぱりした顔をしていたし、海の温泉は良い物だと思ってくれたようだった。
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