第88話 突発イベントと穏やかな晩餐

「旅先で夫相手にちょっと大胆に誘惑してみたら、凍死しかけた」



 こんな事を誰かに言うと、何を言っているのか分からないと言われそうだわ。


 今の私は聖女たるラヴィの治癒の力で完全に復活している。

 なお旦那様の方は自分の氷の精霊による現象の悪影響は受けないのでダメージは特にない。


 ──やれやれ、しかし、なかなか進展しないわね。


 そんな事を考えつつも我々は公爵領に戻って来た。

 やらなきゃいけない仕事が実は多いゆえに。


 三日間ほど忙しく書類手続きなどの仕事をやった。

 四日目の本日、昼食の後もしばらくお仕事をしていて、もうじき夕刻といった時間に差し掛かる。


 私は文官に訊いてみた。



「今回の流行り病の……石化病の状況はどうかしら?」



 最初の汚染地は私が手紙を出して場所を特定したし、神官が浄化に向かい、浄化に成功したと報告が来ていたけれど、完全に収束するにはまだ時間がかかるだろう。

 けれど石化病の薬は我がアギレイ領が無償で薬を提供している。

 更に調剤レシピも公開しているので、つい最近決闘騒ぎを起こしたけれど、名声は上がって来ている。



「それが、先程神殿からの要請で聖女たるお嬢様に各地に薬を配る手伝いをして欲しいという要請が来ております」

「──まあ、神殿の人気取りの手伝いをさせたいようね」



 原作にも聖女が患者を見舞うエピソードはあったから仕方ないわね。



「いかがなさいますか?」


 私も男装の変装をして、また護衛としてついて行こう。

 シュバルツとして。


 そうとなればと、私は旦那様に面会の許可を求めた。


 するとあちらから公爵邸の敷地内にある物見の塔の屋上に呼び出された。

 屋上……と裏庭呼び出し……は、不良の世界では怖い脅しをされたりする場所。


 今から私はシメられるんですか? 

 夜這いの罪で?

 高い塔の上からサスペンス劇場みたいに突き落とされたりしないわよね?


 公爵邸敷地内にある物見の塔は、敵襲の備えの為に存在する。

 警備兵が屋上から監視するのだ。

 だが今日はその監視が何故かいないようだった。


 夕刻の屋上。私は現場に到着した。

 そこには涼やかな風が吹いていた。

 美しい夕陽の中で佇む旦那様と、端っこにエレン卿。



「先日は部屋を冷やし過ぎて悪かった。これは……その、詫びというか……。

私が自分で選んだゆえ、其方の好みに合うかは分からないが……」


 なんと! シメられるのではなく、プレゼントイベントが来た!!

 ──やはり公爵はヤンキーではないのだし、当然よね。


 凍死させかねなかったお詫びに、旦那様が自ら首飾りを!!

 首飾りは黄色系のトパーズのようだった。

 私の琥珀色の瞳にも合いそうな色。


 そして何やら旦那様と同行して来たエレン卿と旦那様はチラチラとお互いを見てアイコンタクトをとってる。



「えー、私がつけてやるから……」



 そう言いながら旦那様は首飾りを手にして私の背後に回る。


 ははあ! さてはこの行動、エレン卿の入れ知恵ね! 

 なかなかグッジョブよ!


 私は長い金髪を一房に纏めるように持ち上げ、片側に寄せるようにして、首飾りをつけやすくした。

 首飾りの留め具の金具が小さくて、手の大きな旦那様は少し手こずっているようだった。

 まごまごしてる様もちょっとかわいいかもしれない。

 このような事に慣れてない感じが。



「で、できたぞ」

「ありがとうございます」



 私は振り返り、夕陽の中でにっこりと微笑んでみせた。

 さぞかし、夕陽の効果で美しかった事だろう。


「ああ」

「似合ってますか?」

「ああ」



 トパーズの首飾りは、夏の夕陽の中でキラキラと輝いていた。

 でもトパーズは太陽光に弱いらしいから、夜向きの宝石かな?


 もうじき夜になるし、晩餐はこれを身に着けて行こうと思う。


 それから私は旦那様にラヴィの薬配りの旅に同行すると告げた。

 止めても無駄だと思ったのか、ため息混じりに許可は下りた。


 晩餐時には竜宮の贈り物の海産物の料理を美味しくいただきながら、島で見た海と海の中が綺麗だったとか、そんな穏やかな会話をしながら、家族と過ごした。


 こんな時間がずっと続けばいいのになあ。

 などとしみじみとしていると、ラヴィが私を見て言った。



「お母様、その首飾り、トパーズですか? お母様の瞳に似合っていて、とっても綺麗でお似合いです」

「そうよ、旦那様にいただいたの」



 私の新しい首飾りが気になったのね?



「ラヴィもトパーズが欲しい?」

「え、そんな意味で言った訳じゃないですけど」

「お父様がそのうちラヴィにもくださると思うわ」


「お揃いのが欲しいなら少し時間がかかるが、それでいいなら贈ろう。これから神殿の要請でわざわざ薬を配りに行くのだろうし、何かご褒美がないとな」

「本当ですか!? お母様の瞳の色に似ているから嬉しいです!」



 実は欲しかったんだね。かわいい。

 数日後、私達は旅の準備をし、薬配りの旅に出る。

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