第87話 凍える部屋
必殺!! 旅先で旦那様と仲良くなろう作戦!!
そして、この別荘にて夜這いである。
私は向かった。深夜に旦那様の、寝室へと……。
妻たる私を止める者はいない。
護衛騎士も廊下を歩く私を見て見ぬふりである。
そもそも薄い夜着のみで夫の部屋に行く夫人の姿など、紳士として見ないふりするしかないのだ。
私はベッドに横たわる旦那様のベッドに滑り込んだ。
そして……柔らかい胸筋の上に頭を置いて……寝た!!
これ以上はどうにもできなかった。
可能ならばあちらから手を出していただきたかった。
そう思いつつ、私は頬の下に旦那様のぬくもりを感じつつも、だんだん……意識が……遠のいていった。
南国ビーチではしゃぎ過ぎたかな、結構泳いだりして遊んだし……。
でも何故か、急に寒い……。
南国にいるのに、どう……して。
まるで、雪山に……いるみたい。
「な、何故南国の部屋の中に霜柱が立つほど冷え込んでいるんですか!? 閣下!?」
「エレン卿、俺は……いや、私は、頭を冷やす必要があった……のだ」
「はあ!? 奥様の唇が紫色です! すっかり冷えて、凍死しそうではないですか!
メアリー! すぐさま温かい風呂の用意を!」
「はい!」
* * *
〜(護衛騎士、エレン視点)〜
私はすっかり冷え切った奥様を温める為、メイドのメアリーに風呂の用意をしろと指示を出した。
そして奥様を風呂まで運んだところで後は女性のメアリーに任せて閣下のいる寝室に戻った。
「いかに氷の公爵と言われるお方でも、何故物理的にあそこまで冷やすんですか!
上に乗られた事が……あ、あれだったのなら、どかせばいいでしょう?」
「私には頭を冷やす必要があり……そして、そなたはわざわざ膝の上に乗って来た愛らしい猫をどかせるのか? せっかく甘えて来ていてかわいいのに?」
「ええ!? いや、そんな愛らしい存在なら凍死させるのは良くないでしょう!?」
「ぎりぎり私の上で暖をとっていたはずだから、死ぬまでは至らないだろう」
「ええ!? 顔が真っ青でしたよ」
「どうやら冷やし過ぎたようだ、そこは反省している」
自分の上からどかしたくないほど、そこまで愛らしいと思うなら、いっそ素直に抱けばいいのに!!
初夜以降は放置していたせいで、今更どの面下げて……と、想っておられるのだろうけど、女性がここまでアピールしているのに!!
全く、なんてまどろっこしい夫婦なんだ!
サクッサクッ。サクッ。
「そこ、卿は何をしているんだ?」
護衛騎士仲間がさっきから、床を踏み歩いている。
「はっ! つい!
部屋の中で霜柱が立っていて、世にも不思議な現象と状況で、さらに踏むといい音と感触が……するものだから……」
「冬の日の早朝の少年か!
すぐさま火温石と風の精霊の力で部屋を解凍し、乾かすべきだろう!
閣下も呆然としていないで早く入浴して体を温めてください、この部屋はしばらく使えません!」
私は閣下をこの大きく立派な別荘内に三つあるうちの一つの浴室に入れて、ため息をついた。
「南国の室内で霜柱なんて、前代未聞だよ。
氷の精霊よ……やり過ぎだ」
などとぼやいてみても、私に氷属性の精霊を扱う素質は無いから……当然返事は無い。
そして楽しいはずの別荘の朝食の時間には、ラヴィアーナお嬢様が真っ青な顔で閣下を問い詰める。
「お母様が凍死しかけたってどういう事ですか!? 敵襲ですか!?」
「敵襲……では、ない。私の氷の精霊が部屋を冷やし過ぎた……せいだ。」
「お、お父様、いくら、南国だからって、そこまで冷やすほど暑かったでしょうか!?
私的には夜は涼しいくらいでしたけど?」
確かにここは湿度が高くないからか、日陰や室内にいると驚くほど涼しかった。
「すまない、多分……寝ぼけて……いた」
閣下……そんな苦しい言い訳まで!!
しかし、愛らしく、愛おしく思いつつも、妻を抱きたいのをこらえて必死で頭を冷やしていたら、うっかり部屋ごと冷やしたとは、娘の前で言えないだろう。
「……あっ! そうです! 私の治癒魔法!」
お嬢様は自分に治癒魔法があったのを思い出したようで、急いで奥様のところへ走って行った。
──とんだ南国旅行になってしまった。
全く……誰か閣下に素直になる魔法でもかけてくれないかな?
などと私が考えるのも、無理からぬ事だと思う────。
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