第86話 夏の海のビーナス

 せっかくなので、別荘で着替えた。

 竜宮からの贈り物の水着をラヴィと一緒に。



「ちゃんと子供サイズの水着もあるからよかったわね」

「……でもお母様、私も春があと二回も巡って来れば成人なんですよ」



 そうだった! 

 この世界は15歳でもう成人なんだわ! 



「早いものね」



 原作ではアレクシスは魔王の攻撃から娘を庇って死ぬ事になっていた。

 その運命から、なんとかして救わないと、私が。

 ちゃんと、娘の……ラヴィの成人式、デヴュタントも、彼に見せてあげられるように。


 深刻な展開になる前にちょくちょく遊んで、いい思い出もなるべく沢山作っておきたい。

 ほっとくと、あの人、仕事ばっかりで家族サービスなんてしない。



「でもこれ、布面積が少な過ぎないですか?」

「水に入る時に着る水着なんてそんなものよ。

恥ずかしいなら陸にいる時はラッシュガード、いえ、羽織りもの……この上着を着てなさい」



 私は布魔法陣から上着を取り出し、ラヴィに渡した。



「フード付きの外套を腰のあたりで短く切ったような……初めて見るデザインの服ですが、柔らかい素材で気持ちいいですね」

「これは私がアギレイで秘密裏に作らせていたパーカーという服よ。

水に入る時は脱ぐのよ。それは水中用じゃないから」



 護衛の男性陣と合流してからビーチに向かう。



「あ、男性陣も準備が出来たようね」



 水着を着た男性陣の旦那様と護衛騎士が少し離れた所で見事な筋肉、肉体美を曝け出している。


 更に男性陣は太ももにベルトを巻いて小さな刃物を装備していた。

 太ももにあるベルトって男女問わずに凄くセクシー!!

 良いものを見た!!


 彼等は何やら初めて着た水着に戸惑いつつ、雑談をしている。



「面白いから、旦那様にビーチでサンオイル、塗ってくれない? って言いたいけどサンオイルが無いわ」


「お母様、サンオイルとは?」

「肌に塗る日焼け止めよ。誰か開発してくれないかしら? シミソバカスができないようにする為にも欲しいわ」


「女性の肌に塗る……香油のようなものでしたら、それは下女……メイドの仕事では?」

「それじゃ面白くないから旦那様に頼むのよ」

「は、破廉恥では!?」

「どうせ結婚してるのに今更?」



 ラヴィは真っ赤になってしまった。

 貴族の令嬢には刺激的過ぎたかしら。



「例えばラヴィが結婚してマンネリ……いえ、旦那様のやる気が失せてしまったら、そのように誘惑してみるのもいい刺激になるかもしれないのよ」

「え!?」


「貴族にとって子供を作る事は大事な事なので」

「ええっと、そ、それは確かに……えっ!? お父様はやる気がない……のですか? 

まだ……男の子がいないのに」



 あっ!! 失言!!



「こ、この話はやめましょう。さっきのは冗談よ」



 初夜以外、ずっと夫婦の夜の営み放置されてます。

 なんて娘には言えないわ。



「じょ、冗談でしたか」

「ほほほ、そうよ」



 私は胡散臭い笑いで誤魔化して、ラヴィの手を引き、男性達と合流してビーチへ向かった。



「海に突撃──っ!!」

「あ、お母様! 待ってください!!」



 砂浜を走って海へ向かう私。

 ラヴィが慌ててラッシュガードを脱いでメイドに渡し、追いかけて来た。


 エレン卿も水着姿で追いかけて来た。

 旦那様はビーチで何故か腕組みをして、仁王立ちをしてる。



「お魚を探しに潜るわよ!」

「奥様、はしゃぎ過ぎないようにしてください!」

「はーい! 気をつけます!」

「返事だけはいいですね!」

 


 エレン卿が心配して言ってくれてるけど、せっかくの綺麗な海なので海中の景色を見たい!!


 私はザプンと、海中に潜った。


 そこには……美しい珊瑚礁の海があった。

 海亀も悠々と泳いでいた。

 小さな魚が群れをなして泳いでいる。


 綺麗!!


 人魚ならばじっくりとこの景色を見れたんだけど、そう長くは息が続かない。

 私は呼吸をする為に海中から顔を出した。



「──はあ、綺麗……だった!」

「本当に綺麗でした。いっぱい色の綺麗なお魚がいましたね」


 ラヴィも潜って海中を見たらしい。瞳がキラキラと輝いている。



「あ、エレン卿が何か掴んでいるわ。あ、ウツボ!」

「危険な気配を察知して仕留めました」



 太ももに装備していた細い刃物を使ったようだ。



「竜宮から海産物を色々貰ったし、それも今から油で揚げて食べましょうか?」

「食べますか? 分かりました」



 * *



 南国ビーチでランチタイム。

 アヒージョの準備中。



「お、お母様、マッシュルームは省きませんか?」

「ラヴィはキノコがあまり好きじゃないみたいね、良いわよ」

「すみません……」


 子供らしくてかわいいと思う。

本当は好き嫌いするなって躾けるものかもしれないけど、ここまで無事育ってるからマッシュルームくらいいいわよね。

 旅行先で叱りたくないし。



「オリーブオイル。ブロッコリーとエビとホタテとタコ、パプリカ、ニンニクと塩、鷹の爪」


 などの食材を鍋に入れていく。


 そして私達は完成したアヒージョとバゲットをランチに食べる。

 プリプリのエビが美味しい!


 そして、いただきものの柚子を絞ってシラスの一夜干しにかけて食べるのも忘れない。


「美味しい、コレ凄く美味しい」

「美味しいです。でも竜宮の人はどこでシラスを干したんでしょう?」

「さあ、島にでも上陸して作ってるとか?」


「じゃあ、そろそろこの私が仕留めたウツボも油で揚げますね」

「ええ」

「エレン卿はもっと美味しそうなのを獲ればいいのに」



 他の護衛騎士がウツボの見た目を思い出し、若干引いてぶつくさ言っている。



「コイツがお嬢様に噛み付くかと思ったんだよ。岩の隙間から顔を出してきていた」

「まあ、まあ。仕留めてしまったからには食べましょう。別荘に連れて来た料理人が唐揚げ用に下拵えをしてくれてるし、パリッとなるように二度揚げにするわ」



 そしてウツボを二度揚げた。



「あれ? コイツ見た目によらずなかなか美味しい」

「だな」

「ウツボは基本的には淡白な白身魚の味よ。コレは醤油とかで味付けしてあるけど」



 騎士達も意外な顔をしつつ、ウツボの唐揚げを味わっている。

 メイドのメアリーがビーチに設置したテーブルの上に器を並べてエールとラヴィ用のジュースを用意している。



「今日は特別だ。お前達もエールを二杯までなら飲んでいいぞ」

「ありがとうございます!」



 旦那様のお許しが出て、護衛騎士達も一緒の食事の他に、お酒も解禁。

 ただし飲み過ぎは禁止で二杯まで。


 歓談しつつの浜辺のお食事も良いものよね。パリピ感がすごい。

 私がニコニコしながら皆を眺めていると、



「眩しいな……」



 ふいに夏空の下、旦那様が眩しげに目を細めた。



「ああ、サングラスがないからですね」

「なんだって?」

「いえ、なんでも」



 魔道具のカメラも取り出して、しっかりと撮影もした。

 南国ビーチをしばし満喫してから、私達は別荘にお泊まりをする。

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