第85話 アレクシスの内面と奥様と南国の島

〜( アレクシス視点 )〜



────己が選んだ道が、信念が、熱を持って歪むかのようだ。



間違えてはならないと、厳しい父に教わってきた。

感情に支配されずに、冷徹に、理性的に行動しろと、利益が大事とか。


安全策を優先しろとか。

そういう風に言われて育ってきたはずだったのに。


ただ、貴族は何より名誉を重んじるもの。

その教えは違えていない。



宴からの帰りの馬車の中で、彼女は長い睫毛を伏せて、膝の上で組まれた手の平はかすかに、らしくもなく、震えているようだった。



「すみません、勝手に領地戦だのと、ついかっとなって、私は」

「そなたはアドライドの誇りを守ろうとしただけだ、問題無い。勝てる相手だ。望むのなら、本当に討っても構わない」


「でも、冷静に考えれば、自分の為に誰かが死んだら、私はともかく、ラヴィが気にしますよね」



 震えているのは、娘の心を傷つけたかもしれなかったという事でか。



「お母様が、私の為に怒ってくださったのは、分かっています」



 娘はそう言って、微かに震えていたディアーナの手に、自分の手を重ねた。

 エイセル公爵が皇帝命令で、慌てて手配した新しい薄紫色のドレスに着替えた娘は、少し大人びて見えた。


 いつの間にか、だいぶ成長したんだな。


 しかし、何故同じような行動が、慰めの行動が、私は素直にできないのかと、我ながら自分に呆れる。


 あの破天荒なディアーナが、しょぼんと反省する姿が、何やら可愛くも愛おしくも感じてしまう。


 ……誰かを、愛おしいだなんて、思う時が来るとは、思わなかった。


 帰りの馬車はいつにもまして揺れて、自分の感情までも揺さぶられているかのようだった。



 * * *



 〜( ディアーナ視点 )〜



 大騒ぎの勇者と聖女のお披露目の宴から数日後。



「旦那様、私、貰った島の方に早速視察に行きたいと思うのですが」

「大きな金が動くサファイア鉱山の視察の方が先ではないのか?」


「そちらの権利書ももう届いたのでしょう。

鉱山が公爵家、敵地の中にあるなら、そちらはしばらくは信頼出来る代理を立てて管理を」


「確かに復讐したくて暗殺者を送り込むなら、鉱山視察中は良い機会と考える可能性はある。

でもそれは島も同じ事ではないか?」


「島は海に囲まれていますので、どちらかというと、何かあった時も敵を追い詰めやすいような気がするのですが」


「まあ、暴れやすそうではあるな」

「どのみち今はアカデミーも休みになっていますから、バカンスに行ってもいいかと。

勇者も異例の早さで見つけた訳ですし」


「では、また一緒に家族で旅行に行けるのですか?」

「ねえ、南国の島に視察旅行もいいでしょう?」

「視察も兼ねているなら仕方ないな」



 * * *


 灼熱の太陽! 青い空、青い海! 海に見える白波と、海辺の白い別荘!! 

 まるで絵に描いたような景色!

 島に着いて最高のロケーションにテンションが上がっていた、そんな時。



「海から何か来ます!」



 急に護衛騎士のエレン卿が海の方向を剣先で示し、注意を促した。


 海中に、ゆらりと何か長いシルエットが見えた。

 そして、ざぱんと波の中から人が現れた。


 それは、体の長い何かの背に乗って来た、青い長髪の男性だった。

 水も滴るいい男。



「黄金に波うつ髪、琥珀色の瞳の、美しき貴女がアドライド公爵夫人とお見受けいたしました」

「はあ、どちら様でしょう?」



 私は突然の海系イケメン出現に戸惑いながら、何者なのか問うてみた。



「申し遅れました、私は龍宮の使い。

ハポング国の龍宮の乙姫様より、贈り物を預かって来ました。

いつぞや龍宮の防衛に尽力していただいた御礼でございます」


 龍宮の使い!!

 人の姿をしてるけど龍宮の使い!! 亀ですらないけど!

 ファンタジック!!


 ふいに水中から顔を上げたのは、白くて体の長い水龍だった。

 この人、龍の背中に乗ってた!

 更にファンタジック!

 凄い!!



「まあ! 乙姫様の使いがはるばるこんな所へ!」



 帝国領にしれっと侵入してるじゃないの!?

 帝国の許可取ってたの?



「周囲が海なので、逆に海中を通って行きやすく、今が好機と言われまして」



 そ、そうなんだ。

 何故か私の動きを把握しておられるの?

 そして龍宮の人は海中で呼吸出来るの?


 色々疑問があるけど、とりあえず別荘に招いた。


 そして使者殿は我々の眼前にお土産をひろげてくれた。


 魔法の風呂敷、私の以外も持っておられる方がいた。

 布地に描かれた魔法陣から、品物を次々と取り出す。


 キラキラと輝くそれは、蒼海の宝物。



「こちらは最高級の真珠と珊瑚の装飾品です」

「まあ〜〜綺麗。ありがとうございます」


「こちらはエビや鯛です」

「美味しそう!」


「そしてこちらは、シラスの一夜干しです。柚子を絞ってかけると美味しいです。」


「きゃあ! とっても美味しそう!!」


 それは絶対美味しいやつ!



「其方、宝石の類いより食べ物の方が嬉しそうだな」


 旦那様! そこは気がつかないふりをして!



「そして最後にこちら、最高品質の水の衣です。男女それぞれ十人分。

通常の布地と違い、水の中で邪魔になりません。人魚の紡いだ糸で作った特殊な素材でございます。

海や水に入る時にどうぞ」



 なんと!

 男性はボクサータイプの水着で、女性のはビキニのパレオ付きで気が効いている!



「水着だわ! なんてありがたいのかしら!」

「お喜びいただけたようで、ようございました」



 玉手箱じゃなくて助かったわ。

 箱を開けたら突然おばあちゃんになる物を貰っても困る。

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