第83話 夏はアイス
皇城で皇帝に謁見していたラヴィとハルトが戻って来た。
私は帰りの馬車の中で二人に感想を訊いてみた。
「謁見はどうだった?」
「私は……怖くて……緊張しました」
「勇者を見つけたのに皇帝陛下に報告に来るより先に、神殿で小規模でもお祝いの宴のような事をした事に陛下はイラっと来たのか、ラヴィが嫌味を言われてしまいました」
ちょっと怒り気味に唇を尖らせてハルトが言った。
「あら、それは可哀想に」
「神殿側は聖女関連の事柄は皇室より自分のところの手柄だとアピールしたいらしい。
連携もするくせに微妙に対立していて面倒なやつらだ」
ハルトの隣りに座っている旦那様はそう語る。
私は隣に座ってるラヴィを慰めるように頭を撫でた。
するとラヴィは、思い出したように言った。
「あ、でも陛下は勇者を早々に見つけた功績は讃えると、報奨金をくださるそうです」
「ああ、皇命だったものね」
「勇者が見つかる前から氷結の洞窟に行こうと提案したのはシュバルツさんなのであの方にもお金を送りたいのですが」
ラヴィの対面側に座っている旦那様がじっと私を見てくる。止めて!
「シュバルツには私が後でお金を送っておくわ」
「ありがとうございます」
それにしても、どこかにいるだろう勇者を見つけてお金を貰えるなんて、幻のツチノコを見つけた懸賞金みたいだわ。
「ラヴィも暑い中、勇者探しと謁見と、とても頑張ったし、公爵邸に帰って一晩寝たら翌日、一緒にご褒美にいいもの作って食べましょ」
「良いもの?」
「アイスクリームよ、冷たくて美味しいスイーツ。塩と氷と牛乳と砂糖とバニラエッセンスで作るの。
ハルトは報告もあるし、なるべく早く家に帰る? それともハルトもうちに泊まってから食べていく?」
「ありがとうございます、公爵夫人。報告はどうせ文書でいってるでしょうし、家に慌てて帰るより、アイスを食べたいです」
流石家で放置されてた子だ。決断が早い。
「あらあら」
「冷たくて美味しいスイーツ、楽しみです」
「俺も。いえ、僕も」
塩を混ぜた氷を当てれば、冷蔵庫がなくてもアイスクリームが作れる。
凝固点降下、化学変化的なアレ。
* *
公爵邸に戻り、一晩ゆっくり寝て、朝食の後に化学の授業と家庭科の授業のようなアイス作りを子供達と一緒にやった。
無事、完成して実食の時。
「お母様、これ甘くて美味しいです!」
「本当に冷たくて美味しい!」
「良かったわ。あ、このアイスは執務室の旦那様に届けておいて」
メイドに作ったアイスを運んで貰い、アイスを堪能してからハルトはまた神殿に戻り、転移陣で家に帰った。
* *
さらに翌日。
朝食後に私はドレスが一着仕上がったとの報告を受けたので、アトリエに向かった。
針子にはあらかじめ好きなデザインと布地で製作していいと言ってある。
「まあ、これは、私が以前描いていたデザイン画を元に作ってくれていたのね」
「はい、布地がアギレイのアラクネーの糸で出来た軽やかなもので、とても素敵だと思ったので使わせていただきました。
夏のパーティーにもいいと思います」
最近はアギレイのアラクネーの糸を色んな色に染めてレース以外にも布地も作っている。
私の個人資産も着実に増えている。
ドレスは鎖骨の下の丸襟のレースに、細身のブラウンのリボンがぐるりと囲っている。
胸元あたり、上部が淡いグレー、胸の下は濃いブラウンのリボン飾りで引き締めて、エンパイアラインの下のスカート部分がベージュの小さな花模様付きチュールレースが二重に重なり、さらにその下のドレス生地は白。
「淡いグレーとベージュと白のグラデーションが見事で、とても上品な色味のドレスに仕上がっていて、着るのが楽しみだわ」
「ありがとうございます!!」
これを作った三人の針子も褒められて嬉しそう。
まさに貴婦人に相応しい。と言ったエレガントさがあるので、私の中身はともかく見た目は超のつくレベルの美女なので、似合うはず!
「同じアラクネーの糸で作ったピンクのドレスをラヴィ用にも作ってくれる?」
「はい、しかし今からですと、今度の宴には間に合いませんが」
「その分は今日買いに行くから大丈夫よ」
「はい、ではデザインはどれにしましょう」
「私のスケッチの中からあなた達のセンスで選んでちょうだい」
「はい! かしこまりました!」
そんな訳でラヴィと出かける事にした。
皇都で聖者と勇者が帝国に揃った事を祝うパーティーが開催される事になったのでドレスが必要。
今回は子供二人が主役なので12歳以上なら特別に社交界デビュー前の子供達まで出席が許されている。
そう、主役はラヴィとハルトなので、ラヴィのドレスを買う為、一緒にドレスショップに行ったのだけど、急な催事になって有名ドレスショップは大忙し。
何しろ急なので、一からオーダーすると時間がかかるので出来てるドレスを買ってサイズの調整や手直しという貴族が多かったのだ。
「ラヴィ、好きなドレスを選びなさい」
私がそう言うとラヴィは頷いて、しばらくずらりと並んだドレスを見ていった。
ラヴィが淡いピンクのドレスを手にして、「これ、かわいい」と呟いた。
「まあ、お嬢様、お目が高いですわね」
店員さんがラヴィを褒めた瞬間、どこぞの令嬢が声を上げた。
年齢はラヴィと同じくらい、13か14歳くらいかな。
「それ、私が先にかわいいなって思ってたの!」
「あ、それじゃあ、どうぞ」
ラヴィは優しい子なので譲ってあげるようだ。
店員がピンクのドレスを抱えて会計まで持っていってしまった。
「ラヴィ、本当に譲って良いの? 人がいいと思ってると、急に凄く良く見えて欲しくなる子っているのよ」
「はい、ドレスは他にも沢山あるので」
ふと、オレンジシャーベットのような綺麗な色のドレスが目に入った。
これもラヴィに似合いそう。
「これはどう?」
「かわいくてとても綺麗ですね! お母様が選んでくれたし、それにします!」
「そっちのドレスも私が買うの!」
さっきからなんなの、この女の子。
社交界デビューもまだしてないから、名前も知らない子だけど。
「あの、でもこれは私のお母様が私に選んでくれたので」
「譲りなさいよ! 私は公爵令嬢よ!」
生意気なお嬢ちゃんがそう自分で言った。
だがうちの子も同じ爵位の子だ。
「うちの子も公爵令嬢ですが?」
「え!? アカデミーのクラスが違うから知らなかった……」
アカデミーのクラスは成績や資質で分けられるからそうか、違うクラスで覚えて無かったか。
「ジリオーラ、何を騒いでいるの?」
「あ、お母様、あのどっかの公爵令嬢が私の欲しいドレスを横取りしようとするから」
あ、帝国の四大公爵家のエイセル公爵夫人だわ。
この家の次女を皇帝が以前アレクシスにあてがおうとしていたような。
私が魔力覚醒後にアレクと離婚させ、皇太子と結び付ける為に、アレクの再婚相手にと次女を。
この子は末っ子かな。
「まあ、あなたはアドライド夫人」
「エイセル公爵夫人、うちの子は横取りなんてしてませんわ。
先程はうちの子の見ていたピンクのドレスも譲ってあげたくらいなのに、そんな因縁をつけるなんて」
エイセル夫人は冷たい眼差しで面倒くさそうに言った。
「ジリオーラ、譲って貰ったとかいうピンクのドレスは買ってあげます。
二着目は違うのになさい」
「だって」
「その子はさっきからうちの娘の選んだものばかり気になるようですわ。
いっそ公爵夫人が選んで差し上げては?
自分の見る目より人のセンスの方が信じられるという事なのでしょうし」
「そう致しますわ。二着目はそこの赤いのにしなさい、薔薇の花のように艶やかよ」
「流石エイセル公爵夫人! お目が高いですわ。
それはややお値段がはりますが、胸元の花とルビーの飾りが素敵で人気があります」
人気はあるのに残っていたのは宝石付きで高いせいなのか。
公爵なら余裕で買えるだろう。
「お母様がそう言うならそうします」
ジリオーラ嬢はやや不貞腐れた様子だったが、母親には逆らえなかったみたいだ。
無事にラヴィ用にオレンジシャーベットのような色のドレスを買った。
かわいくて満足。
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