第82話 夏の頃の話

「ええと、私も娘が入浴中に汗を流しておきたいのだけど、ほら夏ですし、暑いし、場所と簡易的な水と桶でも構わないから、借りれるかしら?」



 その辺にいる巫女さんに私はお願いをし、聖女も使う浴場とは違うけど、私は巫女の使う場所を借りた。

 そこは銭湯並みに広くて、大きな植物も周りにあって、まるで温室の植物に囲まれたお風呂みたいな不思議な場所だった。


 お風呂から上がると、騎士と一緒に転移陣にてエルスラ神殿に来たらしい、メイドのメアリーが着換えのドレスを持って来てくれた。


 それは上品なアイスブルーの軽やかな生地のものだった。

 素敵。

 アクセサリーはダイヤモンドとサファイアを使った首飾りと髪飾りとイヤリング。



「奥様のドレスの他に、お嬢様の着替えのドレスも持ってきたのですが、神殿が用意したものを着てもらって礼拝に出て貰いたいらしいです」


「あー、さてはいかにも聖女的な白い衣装を着せて民の前に立って欲しいのね」

「そのようです」



 私はメアリーに魔法で乾かした髪を高い位置でポニーテールのように結い上げてもらった。

 結んだ方が涼しげだから。


 ハルトはラヴィより先にお風呂から戻ったみたいで、アレクシスと一緒に客間で冷たいお茶を飲んでいた。


 エレン卿ももうお風呂から上がったようだけど、窓際に立ち、護衛騎士として警備している。

 君、休まなくていいのか?



「あ、公爵夫人、聞いてくださいよ。俺まで礼拝に出ろって司祭様が言うんですよ」

「軽く挨拶して民衆に手を振るだけでいいのではないの?」

「そう言われましたけどね、急にこんなの照れます」

「アンデッド騒ぎや疫病やらで民衆も不安がっているから神殿の権威を示しつつも力を借りたいのでしょう」


「ところでハルトは仮眠とか取らなくていいの?」

「ベッドのある客間を用意してくれてるんですが、周りから勇者様とか呼ばれてなんかソワソワして寝れないんです」


 まあ、確かにそうなるのも無理ないか。

 ふと、旦那様が私を見て、珍しく見た目に反応した。



「髪を上げたのか」

「はい、夏ですし、この方が涼しげでしょう?」

「……悪くない」



 ん? 褒めてるの? 褒めてるんだよね!?

 普通に綺麗って言え!! ああ、もうそっぽを向いて!!

 ちょっと素直になったかと思えばこれなんだから……。



「いつにも増して、凄く綺麗ですよ!」



 ストレートに褒めてくれたのはハルトの方だった。

 ──やれやれ、旦那様ったら、女の褒め方で坊やに負けるとは。


 しばらくして礼拝にて聖女と勇者が帝国に揃ってめでたいとかで盛り上がった。

 神殿からは集った信者たる民衆にパンや葡萄酒もふるまわれた。



「ああ、聖女様! なんと可憐な!」

「勇者様も凛々しいですね!」

「きゃーっ! 聖女様! 勇者様! こっち向いてくださーい!」

「手を振ってくださったわ!」


「みろ! 聖女様が俺に微笑みかけてくださった!」

「それはお前の勘違いだ!」



 民衆がアイドルにファンサを求めるファンのようだ。

 暗いニュースを吹き飛ばすかのようなお祭り騒ぎになっている。


 私は神殿への寄付金の代わりに公爵家からもこのお祝いの場にお肉とフルーツを仕入れて集まってる信者の平民に振る舞う事にした。



 礼拝とその後の突発プチパーティーを終え、皇都に移動した。

 既に勇者発見の知らせは皇都にも届いていた。


 すぐさま皇帝と謁見する羽目になったラヴィとハルト。

 もう夜なのに可哀想。


 何故か皇帝との謁見は私達は聖女の両親なのにハブられ、待機を命じられた。


 旦那様と私はラヴィの謁見が終わるのを待ってる間にサロンのバルコニーから皇城の庭を眺めつつ雑談をした。

 眼下には清楚な百合の花が月明かりの下で美しく咲いていた。



「そう言えば、万が一、本当に結婚式のやり直しをするとしたら、あなた、季節はいつが良いのですか?」

「時間がある時」

「それは季節じゃないでしょう」

「其方はいつが良いのだ?」


「やはり花咲き誇る、希望に満ちた春でしょうか?」

「春か、過ぎたばかりだな」


「春はまた巡って来ますよ」

「そう……だな」



 * *


 何かのフラグを立てるような事を、うっかりと言ってしまって、私は後悔する事になる。

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