第80話 聖剣と勇者

 我々はついに勇者のみ抜ける伝説の聖剣があるという、氷結の洞窟に足を踏み入れた。


 中は氷結と言われるくらいであるから寒い。

 吐く息は白く、何故か洞窟の中から侵入者を拒むように冷たい風が吹き付けて来る。


 真夏の装備のままで突っ込んだら凍死するレベルだ。

 予備知識はあるので夏と冬の境界の前で着替えて来たけど。


 洞窟には氷のつららが垂れ下がり、いかにも寒い、本当に寒い。


 光源が何なのかよく分からないけど、洞窟内が青白く輝いてるのはいかにもファンタジーな雰囲気で綺麗ではあった。


 洞窟の奥に開けた場所が出現した。


 そして、

 少し盛り上がり、凍りついた土に、一振りの剣が突き刺さっていた!


「あれが、勇者の聖剣!」

「台座も剣も凍りついてる、伝説の通りだ」

「先代の勇者が死んだ後は、何故か勝手にこの洞窟に戻ってしまったらしい」


「まず、記録を撮ろう」



 私は魔導具のカメラで伝説の剣を記念に撮影した。



「おまたせ! 

じゃあ無理なの分かってるけど、俺。シュバルツが一応剣に触れてみるからな!」


「あ、はい」



 皆、一様に驚いたが、止められはしなかった。



「……いざ」



 ぴと。ペタリ。

 シーン……。


 私は凍りついた剣に触れようとした。

 だが、氷に守られた剣に変化は無い。



「はい、無理ー! 変化無し! 氷溶けません!

じゃあ次はものは試しに、エレン卿!」


「え、私ですか? ま、まあいいですけど、無駄だと思いますよ」



 そうはいいつつも、エレン卿はまんざらでもないって顔をしている。


 結果は……



「やはり、無理ですね。

私では氷は溶けません、伝説の勇者なら触れたらこの氷が溶けるらしいですが」


「じゃあ、次はハルト、行け!」

「え、なんで俺も!?」


 私の言葉に慌てるハルト。

 ラヴィの前でカッコつけたい年頃なのかも。



「大の大人が二人も失敗してるんだから、駄目でも何も恥ずかしくないから、とりあえずいっとけ!」


「ま、まあ、そこまで言うなら」

「そうだよ、記念だよ、せっかくここまで来たんだ」


 そう言って、気を楽にさせつつ私はハルトを煽った。


 そしてハルトがいよいよ剣の前に立った。

 私は魔導具を構え、動画モードで記録する。


 ハルトが氷に触れた瞬間、聖剣は光を放ち、氷が溶けるというか、霧散した!



「おお!」

「な、これは!」

「ええ!? そんな、ハルトが!?」


「抜けた!! なあ!俺、聖剣が抜けちゃったよ!」


 聖剣を手にしたハルトが振り返った。


「おお、これぞまさしく、勇者の証! ハルトヴィヒ!! 其方こそが今世の勇者!!」



 わざと芝居がかった言い方をしてしまう私。

 楽しいから。



「わあ……こんなに近くにいて、わ、私、気が付かないなんて、聖女失格なのでは?」


 おっと、いかんな。

 ラヴィが自信を無くしかけてる!



「勇者が生まれながらの存在ではなく、もしも聖剣を抜いた瞬間から勇者になるのなら、気が付かなくても仕方ないし、気が付かないままでも縁は結ばれていたのだし、やはり君たちは選ばれた存在なんだよ」


 私の言葉にしばし固まる二人であったが、


「とにかく、これで任務完了ですよ、いえ、無事に帰るまで気は抜けませんが」


「エレン卿の言う通りだ。

今世の勇者まで見つかったとなれば、魔王の手先が動き出す可能性は高い。

油断せず神殿に戻ろう。

勇者が見つかった後は道中の捜索がいらないから転移陣が使える」



 皆が私の言葉に頷いた。

 家に帰るまでが遠足です。



「えっと、ハルト。勇者認定おめでとうでいいのか分からないけど、危険はあるから、お互い気をつけようね」


「ああ! ラヴィの事は俺が守ってやるからな!」



 二人は今度ともよろしくと、握手を交わした。


 この感動的で記念すべき時にも、私はカメラ撮影は忘れない。

 私がTV屋なら撮れ高最高のシーンだったはずだし。


 

「これより、帰還する」


 何故かリーダーのように私が締めて帰路についた。

 帰還の途中、冬の森ゾーンから夏の森に戻った。


 冬のコートを脱いで、夏服に戻す。

 そんな事をしていると、ふいに獣臭がした。



「何か来ます! 警戒を!」


 エレン卿が叫ぶと巨大な黒い熊が現れ、襲いかかって来た。


 魔獣だ!


 前回の猪の時のように、私は熊の足元を土魔法で崩し、熊が驚いた拍子に、駆け出したハルトが聖剣を振りかぶり、



「とおっ!!」



 雷光のような一撃で熊を倒した。

 連携技が上手くいった。


「お見事、流石だ。聖剣の試し斬りにもなったな」

「そういや、俺、初めて聖剣で魔獣を倒した!」



 ハルトが感動している。

 微笑ましい。



「そういや、あの場所から剣が抜けた後って、他の人間が聖剣触るとどうなるのかな? ちょっとハルト、それ触ってみてもいいか?」

「べ、別にいいけど」


 何しろ伝説の聖剣が目の前にある。

 ワクワクが止まらない。

 好奇心に勝てなかった私はハルトから借りて聖剣を手にしたが、


 くっ……っ!!



「お、重い!!」


 身体強化の魔法を使っていても、なお、思わず取り落としそうに重い!



「え? 俺には凄く軽いよ。いつも使ってるやつよりも軽い」

「ああ、なるほどね、勇者以外が持つと凄く重くなる仕様か」



 私は納得してからハルトに重すぎる聖剣を返した。

 でも伝説の聖剣に触れてドキドキワクワクはした。


「ありがとう、いい記念になった」

「うん、良かったね。シュバルツさん」



もしやハルトがようやく名前で呼んでくれたのでは?

「傭兵の人」とか呼ばれていたのに。

勇者になって余裕が出て来たようだ。



 とりあえずこれで帰ったら聖剣に触ったと旦那様に自慢できる。

 なんてったって伝説の聖剣だし!



「後はもったいないから熊の素材を剥ぎ取るか?」

「そうですね、せっかく聖剣で倒したものですし。解体は私が」



 私がそう提案するとエレン卿が解体を引き受けてくれた。



「そうだね、命を奪ったからには何かに使おう。解体は俺も一緒にやるよ。二人の方が早いだろうし」


 ハルトもそう言って頷いた。



「ハルトが記念に毛皮と爪とか持ち帰ればいいじゃないかな」

「じゃあサポートしてくれたシュバルツさんと解体手伝ってくれるエレン卿にはお肉をあげるよ」

「ありがとう、ハルト」


「私は大丈夫です。お肉は料理上手なシュバルツ氏へ」



 あざす!!



「あ、一応聞くけどラヴィはこの熊に欲しい部位あった?」

「無いよ」



 この熊は肉も食えるらしいから、一応大きなバナナの葉っぱに似た幅広で艶やかな緑色の葉に包んでから、しれっと自分の工房にある転移陣に送った。


 私の留守中はメアリーが頻繁に私の工房の魔法陣内の荷物をチェックしてくれる事になっている。

 肉は冷蔵庫に入れておいてくれとこっそりとメモも走り書いてつけた。



 徒歩移動は暑くて疲れるので無理せずに森の出口近くの川辺でテント泊をする事にした。

 

 ラヴィとはテントが別なので、その隙に旦那様宛に勇者も無事に発見したから森で一泊したら、後は神殿に向かってから、転移陣で帰還すると手紙もこっそり送った。



 神殿近くまで来たら傭兵シュバルツとしての私は離脱するふりをして、こっそりと変装を解いてディアーナに戻る事にした。

 神殿にて「娘を迎えに来たわ」って顔してしれっと入れ替わるつもりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る