第79話 不思議な森

 季節は春からすっかり夏になっている。



 氷結の洞窟はエルスラという名の領内にある。

 洞窟のある森に行く途中にある街で、我々は宿に向かった。


 早速チェックインして各自の部屋へ。

 風呂入って汗を流してから荷物を置いて下の食堂で待ち合わせをした。



「やっとお風呂に入れてさっぱりしました」



 ラヴィがさっぱりした笑顔で食堂に降りて来た。

 ここは食堂と宿が合わさった店だ。


 男連中は風呂時間が女子より早い。

 私は魔法で髪を乾かしたので、ラヴィよりは早く食堂へ来れた。



「道中が野宿とか、寄った村でも貴重な薪を使って風呂の準備とか頼め無かったし、しょうがないですね」


 エレン卿はさっきまで食堂のテーブルで枝豆を摘んでいたのだが、さっと手を拭いてスッとラヴィの為にお座りくださいと言わんばかりに椅子を引いてあげた。

 紳士……。



「あ、ありがとうございます」



 夏なので男二人は川などの水場を見つけた時はマッパで汗を流す事もできたけど、貴族の女の子的には宿屋以外は寝る前などにテントの中で体を拭くくらいしか出来なかったし、辛かったろう。

 私も地味に辛かった。

 全部教会と皇帝の命令が悪い。



「ラヴィ、夕食、何食べる?」

「何が美味しいか分からない」



 ハルトの質問にラヴィは素直な言葉で返した。



「ここのおすすめ料理って何かな」



 ハルトがそう言うと、背後から返事が。



「チキンのガーリックバター炒めだよ」

「ん? 店員さん?」



 私がそう言って背後を振り向いてみると、恰幅の良いおじさんが立っていた。



「いや、旅の商人だよ、ここの宿にはよく寄らせて貰うんだ。料理も美味しいし」

「お、旅の商人さんか、相席いかがかな? 良ければ旅の話でも聞かせてほしい」

「あ、私もお話聞きたいです。商人さん、勇者っぽい人見ませんでした?」



 私が商人を相席に誘うとラヴィも勇者捜索の為に情報を集めようとしてるみたいだった。

 真面目だ。

 しかし勇者の件ならおじさんに聞くより、実は私の方が知ってるとも言えない。


 商人が同じテーブル席の椅子に座ると、「ちょ、ちょっと待ってくださいね」と、言い、額の汗を拭い、水を一口飲んでから、話はじめた。



「まず、勇者っぽい人というのは分かりません。力自慢ならコロシアムのある都市の剣闘士などがいますけど」


「そうですか。

私はなんとなく光り輝くようなオーラを放ってるような方かと思ってて、すぐに見つかるかと思ってました」


「ラヴィ、そんな常時発光してる人物がいたら、そこらじゅうで噂になっているよ」

「だって司祭様は勇者と聖女は惹かれ合うから会えば分かるとか、輝いて見えるはずとかおっしゃっていたのよ」



 ラヴィはガッカリした様子だった。



「店員さん! こっちの旦那にビール! あ、旅の途中で気になる物を見たり聞いたりしなかったか?」



 私はビールを奢って口を滑らかにしてもらおうと思って注文を入れた。



「かたじけない。

あ、そうそう、デロータ地方でまた流行り病が出たとかで急遽道の変更をしたんですよ」

「また流行り病か。それは死病かな?」


「ええ、酷く咳をして、それから血も吐いて、徐々に肌や内臓が石のように硬くなって死に至る、石化病らしいです」

「石化だなんて……まるで呪いのようですね」


 エレン卿が真面目な顔で言った。


 石化病。

 原作で読んだ。実は流行り病エピソードがあったのは一回だけじゃない。

 あの二度目の流行り病だ。今度は死体からの発生源とまた別口。

 汚染された沼の水を飲んだ動物を人間が狩って、その汚染された動物を人間が食べた事で広まる。


 さらにくしゃみや咳の飛沫などで周りの人まで感染する厄介な病だ。

 


「情報のお礼にこれを差し上げます」



 私は鞄から布マスクを二枚出してそれを渡した。



「ん? ビールを奢って貰った上に……これは?」


「未使用の新品マスクです。

その流行り病は感染者の人の唾が飛んで口に入ってもいけませんから、旅の商人さんは食事以外の時には極力していた方がいいですよ、後は手洗いうがいもしっかりと」


「この布で口と鼻を覆うのですね?」


「はい、そうです。冬なんかもそれすると乾燥から身も守れるし、実際万が一風邪などひいてもそれをしてれば他の人に風邪を移しにくいです。

商人さんは信頼が大切でしょうから、移さない努力も必要かと」


「なるほど! それはいい物ですね! ところでこれはどこで売っている品ですかな?」



 はっ!! 流石商人、そこに食いつくか!!



「え、ああ、マスクはアギレイとかアドライド公爵領で針子がせっせと縫ってますから、雑貨屋さんで販売もされていますよ。どうも公爵夫人が命じてるらしくて」


「公爵夫人は民草の健康まで気にしてくださっているんですね。

昔とずいぶん印象が変わられましたな」

「ははは」



 私的には笑うしかない。



「おか……、いえ、アドライド公爵夫人は優しい人です! 

孤児院などに寄付とかもしているし、幼い子供を育てていて、お外に働きに出られない貧しい夫人にもそういう縫い物の仕事をあげたりして」



 ラヴィが突然私の擁護を始めた。

 愛かな? 愛いやつじゃ。



「なるほど、お嬢さんのような子にも慕われているんですな」

「そうです。ディアーナ様は美しくて優しい人です」



 ハルトまで私を持ち上げはじめた。


 我々はチキンのガーリックバター炒めを美味しくいただき、食事の後に各自の部屋に戻った。



 * *



 商人の話からもデロータ地方と聞けたし、最初の伝染病発生源はデロータ地方のデソタ村で、昔読んだ原作と同じだと私は確信した。


 私は宿から手紙を送り、石化病の薬の調合レシピも書いて、アギレイの薬草園の薬草を治療に使うように指示を出す事にした。

 感染者に、お薬を無償で配るようにと。この辺は自領の文官達が上手くやってくれる事を願う。

 自領ではもしもの時は領民にマスクを配り、手洗いうがいなどを徹底し、対策をせよとも命じておいたし。

 

 それと、徐々に広まって行く感染症の最初の汚染源もなんとかしなければ。

 神殿の神官に浄化に向かわせる為に、聖女の母たる公爵夫人の名前で手紙を、要請を出す。

 

 ドサクサに聖女の神託で最初の発生源の土地も見つけたとか、手紙にしれっと書いておいたので効果はあるはず。

 聖女への信頼度という点で。

 ラヴィには後で適当に言い訳をしよう。



 * *


 我々は氷結の洞窟へ行く為、エルスラ領内のとある森の中を進む。



「皆、じき雪の結界内に入るからコートをしっかりと着込んでくれ。もうじき氷結洞窟だ」



 私は木々の色や様子が変わる森の中を進みつつ、そう指示を出した。

 緑から白き雪景色へと、森の奥に進む程に変化していく。

 不思議な場所だ。


 境界。


 我々はついに白い雪景色ゾーンに足を踏み入れた。

 冷たい風が吹いてくる。



「急に寒くなって来ました!」

「ラヴィは俺の後ろを歩くんだ! 俺が風避けになる!」

「私の方がでかいので私が壁になります。ハルト坊ちゃんは後ろに」

「う……」



 エレン卿、空気読んでやってよ。



「あ、ほら、見えた。あそこが氷結の洞窟だ」


 私の指差す方向を見て、皆がハッとした。

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