第76話 聖女

 世界中のあちこちで、急に、地獄の門が開いたかのようだった。

 平凡な村が、街が、血と死臭にまみれた地獄と化していた。


「ちくしょう! 次から次へと! 死者が墓場から蘇る!! きりがない!!」


「きゃああっ!!」

「まずい! あそこの町人が屍人に噛まれた!」

「だからお達し通りに火葬にしておけば!」

「神よ! お許しください!!」


「もうダメだ! この世の終わりだ!!」

「諦めるな!! もうじき援軍が来るはず!」

「冒険者は!? 騎士は!? 公爵軍は!? 誰でもいいから助けてくれ!!」


「世界中のあちこちこんな状況だよ!!」



 次々に現れるアンデッドの襲撃により、死闘を繰り広げる街の治安部隊は疲労し、絶望の中、叫んだ。

 そんな中、不意に、響く音と、土煙りが視界に入った。



「待て、地響きが聞こえる! これは騎馬集団では!?」



『炎よ!! 全てを焼き尽くせ!! ファイアーストリーム!!』



 魔法使いの火炎魔法がアンデッド集団を炎で包んだ。

 


「公爵軍の魔法使いだ!! 援軍が来た! これで浄化が間に合う!!」



 援軍に到着したのは公爵率いるアドライド公爵軍だった。

 屍の上に立つ、死神のような不吉な黒き存在が高らかに笑った。



『愚かなニンゲン共、我らが魔王復活はもう目前だ。

贄を! 贄を捧げろ! お前達の血と痛みと絶望を!!』


「公爵様! あそこにリッチがいます! 知性を持った死者です!!」


「司祭!! 通常の屍人と違って、通常の火炎魔法では効果が薄い!!

頼んだぞ!」

「はい!!」


『浄化の炎よ!! メギドフレア!!』


 公爵軍が到着すると、一気に形勢が逆転した。

 公爵の氷の魔法で敵を足止めした後に、敵に攻撃魔法が次々に炸裂する。


 

「聖女が覚醒しました! 聖女が現れました! ついに! 天啓、神託です!!」



 急に興奮した司祭がそう叫んだ。

 喜ばしい報告のはずが、何故かアドライド公爵は胸騒ぎがした。

 氷の公爵と言われる大人が焦りを滲ませた声で、精鋭部隊に同行して来た司祭に問うた。



「なんだと!? 聖女はどこの誰だ!?」

「アドライド家の、公爵令嬢でございます! 今、神託が下りました!!」



「なん……だと!?」

「閣下! おめでとうございます! 貴方様の御令嬢が選ばれし聖女です!

……ああ! もうじき勇者も目覚めると、神託が下りました!」


 

 世界は、嵐の中の海のように荒れた、そんな最中の事だった。


 * * *


 アカデミーの交流会の船上パーティーで、急に濃霧と幽霊船に乗ったアンデッドの海賊が現れたとの知らせがあった。


 すぐに王都の騎士達が救出に向かった。

 子供達は無人島に連れ去られ、生贄にされそうになったとの報告もあった。

 船上の子供達はセイレーンの歌声で眠らされ、祭壇のある島までは殺さなかったらしいので、実際の死傷者は船長と船乗り数人で、子供達に被害者はいなかったらしい。


 保護された子供達はほとんどが皇都のタウンハウスかアカデミーに返されたが、ラヴィは神殿に連れて行かれた。

 付き添いでハルトも行ってくれたらしい。


 私は知らせを受けて転移陣で皇都の神殿へ急いだ。

 ついに来るべき時が来た。

 

 アレクシスもアンデッド退治の戦場から、皇都の神殿に駆けつけた。

 重苦しい雰囲気だった。


「旦那様。お怪我は?」

「私にはない」

「その様子じゃ、ラヴィの件は、もうご存知のようですね?」

「司祭が言った。神託だと、ラヴィアーナが聖女として覚醒したと」


「はい」

「ラヴィはしばらく神殿で浄めの儀式と神聖魔法の伝授とやらをするので、数日間は家に返して貰えないようです」


「そうか」



 しばらくして神官が現れ、私達は神殿の一室で、娘との面会を許された。

 私はソファから立ち上がり、ラヴィに駆け寄って抱きしめた。



「大変だったわね、ラヴィ、怪我はない?」

「私は大丈夫です、ハルトが魔物と戦って、助けに来てくれて、怪我をしたのは彼の方で」

「本当に其方自身には怪我はなさそうだな」

「はい、お父様」


「ラヴィ、ハルトの怪我はちゃんと癒せた?」

「はい、無我夢中でしたが、力が目覚めてなんとかなりました」

「……これから国が、皇帝陛下が無茶な命令をしてくる可能性があるけど、気をしっかり持つのよ」



 私はラヴィを抱きしめたまま、小声でそう忠告した。

 私の不吉予言めいた言葉を聞いたラヴィはびくりと体を震わせた。



「申し訳ありませんが、面会はその辺で。聖女様には覚えていただかないといけない事が多くあります」



 神官が現れ、無情にもそのような事を言って、私と夫は娘と引き離された。

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