第75話 私の光

 〜ラヴィアーナ視点〜


 皇都の街中で、騒ぎがあった。

 友達やハルトとよく行くアカデミーの近くの城下町のパン屋の娘さんが行方不明になったと。


「え? おばさん、しばらく店を閉めるの?」


「そうなんです。

皇都の衛兵に行方不明の届けを出してはいますが、平民の娘がいなくなったくらいでは、本気で捜索などしてくれそうにないので、しばらくは店を閉めて、夫と娘探しをします。

お嬢様やお客様には本当にご迷惑をおかけしますが」


「わ、私達の事は気にしないでください。私の方も放課後でよければ探してみますね」

「そんなとんでもない! 貴族のお嬢様がなさるような事ではありません」



 などと丁重にお断りをされてしまったけれど、私は放っておけなかった。



「全く、ラヴィはお人好しだな、誘拐犯がいる所なんて、絶対治安が悪い所だよ。

綺麗な女の子が裏路地なんか行ったら身ぐるみ剥がされるよ」



 伯爵家の三男のハルトとは一緒のアカデミー生活でだいぶ仲良くなった。

 お互い、愛称で気軽に呼び合うくらいに。



「ハルトはついてこなくてもいいから」

「そんな訳にはいかないよ。危険に飛び込む友達を放ってはおけない」

「えーと、とりあえず聞き込みから、最後に娘さんを見たのは八百屋の……」



 私はさっきパン屋のおかみさんから聞いた話から、行方不明になった娘さんの捜索の糸口を見つけようと、まず八百屋に足を向けてみる事にした。


 ハルトは勝手について来た。

 正直、一人よりは心強い。



「それにしてもアカデミー内にレストランがあるのに、わざわざ外のパン屋に通うなんて、公爵令嬢は君くらいだよ」

「そうかもしれない。お母様に似たのかも」

「言われてみれば……君のお母様ってそんな感じだったよね」



 八百屋に着いて、店の人にどちらに向かったか覚えてないか訊ねて見た。

 娘さんに野菜を売った後、すぐ違うお客さんが来て、覚えてないそうだ。



「娘さんはお使いに八百屋へ行き、かぼちゃとにんじんを買って、それから……家に帰らず行方不明になった」



 現状を整理するとこんな感じ。

 今日で三日目、放課後に捜索を手伝ってみたけど、そう簡単には見つからなかった。


 裏路地に行くと、ガラの悪い二人組に絡まれた。



「おやおや、綺麗なお洋服着て、金持ちの令嬢か?」

「こんな掃き溜めによう……」

「彼女に近寄るな!」



 私を守ろうとハルトが前に出た。

 ハルトはショートソードを構え、持ってはいるけど、それで人を傷つけた事はない。

 優しい彼は震えていた。



「おっと、お坊ちゃん、震えているじゃないか、人なんか斬った事ないんだろ?

無理するなよ、ちょっとそこのかわいいお嬢ちゃんにおじさんは用があるから引っ込んでな?」



 ドガッ!!



 それは、飛び蹴りだった。


 黒いマントの男性が突然、私に近寄るおじさんに蹴りを入れたので、おじさんその一は後方に吹っ飛んだ。


 ガラの悪いおじさんそのニは、仮面の男性の剣の鞘で殴られて気絶した。


 どうやら、突如現れた黒マントの飛び蹴りさんと、謎に仮面を被った男性に助けられた。

 初見のはずがなにか懐かしい雰囲気のある二人組だった。



「あ、ありがとうございます」

「大丈夫かい? お嬢さんみたいな子が、裏路地なんかに来てはいけないよ」



 黒マントの男の人はそう言った。



「知り合いの娘さんが行方不明になったので、探しているんです」

「そういうのは大人に任せなさい」

「でも……」

「ご両親が心配するよ」


「でも、困ってる人がいたら助けるべきかと」

「立派な正義感だが、助けるようにと大人に頼むんだよ、出来る人に命じるのが普通だ。

子供が自分で動くのは危ない。捜索はこちらで引き受ける。俺は傭兵だから」

「傭兵……」

「じゃあこれで……」



 私は胸につけていたサファイアのブローチを外し、傭兵さんに手渡した。



「これは?」

「傭兵さんは依頼料を貰って仕事をする物でしょう? 現金じゃ足りないだろうから。

今はパンを買うお金くらいしか持って来て無いので」


「そうだな、大金を持ち歩くのは危険だ。ブローチは返すよ。

仕事料は帝国の偉い人から貰うから」


 ブローチを私の手に戻した傭兵さん。

 そして今度は仮面の男の人が口を開いて帰れと促して来た。



「とにかく、早くアカデミーに帰りなさい。学生さんだろう?」



 何故か傭兵さん達には私達がアカデミーの生徒だと、今は制服も着ていないのに、全部ばれているようだった。



 * *


 皇都の街中で不穏な事件が頻発し、皇都の警備員の警戒も強くなったというのに、今度は私まで事件に巻き込まれた。


 まさか、貴族の子達の交流の船上パーティーで、濃霧と共に急に現れた幽霊船に襲われるなんて。

 突如変な歌声を聞いて、視界が闇に包まれた。


 歌声の正体は後でセイレーンだったと分かった。

 気がつくと私と周囲の人のほとんどが、セイレーンの歌声で、眠らされていたようだった。



 ──夢を見た。セイレーンの歌声を聞いた後、過去の夢を。



 夏の休暇中、公爵邸に帰った時に、お母様と一緒にジャムを煮た。


 公爵令嬢のする事ではないとメイド達に言われたけど、そんなの気にしないお母様との共同作業が嬉しくて、私も気にしなかった。



 長雨の時は、本を読んでいたはずのお母様が、ロッキングチェアに揺られつつ、いつの間にか眠ってる姿を眺めた。


 公爵家の庭園の妖精の正体は、ある日お母様だと気がついた。


 妖精のお薬の瓶が、お母様の工房に沢山あったのだ。

 妖精がここから借りただけでは? お母様はそうとぼけていたけれど、私には分かった。


 もう一つお母様が妖精さんの正体だと思う理由に、妖精からの小さなお返事の手紙はいつもお母様と同じ花の香りだった。

 抱きしめてもらった時に、する、優しい香り。


 私はお母様の優しい嘘を愛した。


 熱が出た時は側にいて、看病をしてくれた。

 月の見えない夜には、心細いと呟けば、隣で一緒に眠ってくれた。

 ディアーナお母様は私の誰よりも美しい、輝ける月だった。


 優しい時間達だった。


 全部お母様の落馬事故以降の事だけど、幸せな幼年期の思い出の夢。



 目が覚めたら、どこかの島にいた。

 セイレーンが岩場で髪を解かしていた。

 それで、あの歌声はセイレーンの物だったと気がついた。


 骨の海賊が縄で拘束した私達を海岸から森の中へ運んだ。

 私を含む、貴族の子達が数人縛られて、生贄の祭壇のようなものの上に寝かされた。


 血塗れのハルトが走って来て、私の縄を切ってくれた。

 彼は何故かセイレーンの歌に抵抗し、島に着くまで眠ったフリで、袖に仕込んだナイフで縄を切り、島に到着してから武器を手にし、骨の海賊と戦っていたらしい。


 人相手に傷つけるのが怖くて震えていた彼は、魔物相手には勇敢に戦っていた。


 そしていつの間にか、護衛騎士達が駆けつけていた。

 動く骨で出来た海賊は凄い速さで倒されていった。


 だけど、戦闘で怪我をして、多くの血を失ったのか、ハルトの顔は蒼白だった。

 私は命懸けで助けに来てくれたハルトを助けたかった。

 私には光属性の力があるはず!!


 奇跡を願った。

 必死に。

 その時、体が光に包まれた────

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