第70話 春の終わりの頃に
結局春画は偽名を使ってアギレイに届けて貰った。
海外輸入なんだけど取り寄せ通販だ。
ちなみに私はたまに流れの傭兵男に変装するので、それの名義だ。
名前はシュバルツと名乗っている。
そして、まだ社交の季節。
私はどうしてもスルー不可能な外せない公爵家パーティーでは、私は令嬢達の綺麗なドレスを眺めたり、地味に聞き耳を立てて情報を収集していた。
「お聞きになりましたか? 各地の孤児院から子供がごっそり減ったとの話」
「噂によれば薪を拾いに近くの森に入ったら行方不明になったとか魔物の襲撃にあったとか」
「まあ、平民の孤児がいなくなったくらいで騒ぎになるんですの?」
「孤児の多くがいなくなったら町人の子も減っていっているのです。
次は貴族の子も危ういのではと」
「貴族の子は屋敷で守られていますし、薪を拾いに森になど行きませんわ」
「薪は拾いませんがピクニックとか、遠乗りなどが危険ではなかろうかと」
令息などは五歳を過ぎれば乗馬も習う。
十歳を過ぎれば遠乗りにも行く事もある。
「せっかく冬が終わり、陽気も良くなったのに、屋敷に篭りっぱなしでは癇癪を起こすんですの」
「困ったものですね」
これは……魔王の手下が生け贄を集める事があるので、それ関連の事件のような気がする。
事件について保安部隊が捜索しても、まだ貴族が犠牲になってない場合、真剣な捜査はされない。
私は四大公爵家のパーティーをなんとか無事に終わらせ、またアギレイに戻って来た。
招かれたパーティーではアレクシスをパートナーにダンスも踊った。
人前では、いつものポーカーフェイスでも、二人でいる時はあまり見ない表情も見れるようになって来たと思う。
原作で読んだエピソードの流行り病に備え、アギレイに作った薬草園の薬草は、綺麗な花を咲かせていた。
せっかくなのでラヴィもアギレイの薬草園に招待した。
今は危険かもしれない森へのピクニックの代わりにもなるし、魔道カメラで花と娘も一緒に撮れるし。
「わあ、綺麗……」
「花の終わり頃に回収して天日で乾燥させるの。それをお茶にして飲めば薬効のあるお茶になるから」
「美味しいお茶ですか?」
「吐くほど不味くはないと思うわ、ややスッとする味よ。咳止めの効能もあるの」
お茶の説明中にメイドが小走りでやって来た。
「奥様、お嬢様のお洋服が三着完成したと報告がありました。」
「そう、良かったわ。あ、青の塔に依頼した二種のポーションも追加発注をしておいて」
私はこちらアギレイでも針子を雇った。
ドレスの解体とリメイクでラヴィの服を作り、ラヴィの着せ替えを楽しんでいた。
かわいい子なのでフリフリの服もよく似合うのだ。
雇用も生まれるから悪くないと思う。
あ、当然、病の感染防止用のマスクも作ってる。
体力回復と免疫力を高めるポーションも青の塔の魔法使いも使って増産中だ。
コツコツと増やして保存しておく。
* *
もうすぐ春も終わりに近くなった頃、私達はとある騎士団長の家のガーデンパーティーにお呼ばれした。
社交界デビューもまだなラヴィまで招待されているのは、息子が多い家なので紹介したいのだろう。
騎士の多いパーティーなら防犯面では安全だろうし、私と夫も娘を連れて招待に応じた。
パーティーで用意されたチョコレートケーキが美味しい。
本日の私のドレスは落ち着いた茶色で、ある意味チョコレートケーキに合ってるかも。
そして騎士の多いこのガーデンパーティーは、鍛えられた体格の、がっしりした男性が多い。
目の保養。
あ、男性だけではなく、庭も見るわよ。
この庭には野生のクラブアップルを移植してあるみたい。
斜めに植えられたそれを眺めていると、男の子達に囲まれたラヴィの姿が目に入った。
「その髪型、よくお似合いですね、ラヴィアーナお嬢様!」
「ありがとう」
「髪をくくった赤いリボンもかわいいですね」
「ありがとう」
「赤いドレスもとてもかわいいです」
そう、本日のラヴィの髪型はポニーテールに赤いリボンをして、更に赤いドレス姿。
新しい赤いドレスは華やかでリンゴのように可愛らしいし、騎士の子供達に囲まれて大人気。
ほぼ「ありがとう」と言って乗り切っている様子だ。
しばらくしてラヴィはポニーテールを揺らして私の所に逃げて来た。
「お母様、この家のあの小さな木、何故かずいぶん傾いていますね?」
「あの斜めのリンゴの苗木はきっと子へだか孫だか、とにかく家族への愛だと思うわ」
「愛があるとりんごの苗木が傾くんですか?」
「わざと斜め45度に傾けてリンゴの苗木を植えると、実をつける事に一生懸命になるらしいのよ」
「え? 不思議ですね」
「ええ、不思議よね。
でもだからここの家のリンゴの苗木は、わざと家族の為に斜めに木を植えてあるんだと、私は推測するわ」
この騎士の家は子供が五人もいるし、沢山リンゴが食べられるようにと。
きっと、おそらくは……。
そんな話をラヴィとしていると、この家の主たる騎士団長が現れた。
「奥様、よく、ご存知ですね。あれは数年前に亡くなった父が植えてくれた物で、
斜めに植えるとよく実をつけると生前話してくれていました」
そんなちょっとしんみりするけど愛のあるお話を聞かせて貰っていると、一人の騎士が慌てて駆け込んで来た。
「騎士団長! 海辺の街で漁師が騒いでると報告がありました!」
「何があったのだ?」
どうも海辺で何か騒ぎがあったらしいわね。
「海の一部が赤く染まり、不吉だと騒いでいます」
私はそれを聞いて口を挟んだ。
「それはつまり赤潮の発生でしょう? 大量のプランクトン」
「お母様、プランクトンてなんですか?」
「微生物、とても小さい生き物の事よ」
「お母様、その小さな生き物は不吉なのですか?」
「そんな事はないでしょう。プランクトンもただ生きてるだけだし。
赤潮は昼に見ると赤くて不気味だけど、夜に見るとすごいわよ。
夜に海に行ってみましょう」
「あの、奥様、この話は漁民が騒いでるだけで、別に不吉ではないという事でしょうか?」
私の話に騎士団長が首を傾げる。
「ええ、ただの赤潮ならね」
* *
私は旦那様のアレクシスの許可も貰って、夜に海辺に来た。
もちろん護衛騎士達も同行している。
馬車から降りる時はアレクシスがエスコートをしてくれた。
昔より、優しくなっていると思う。
「足元が暗いから気をつけろ」
「はい」
「前方の海が何やら青く光っていますね」
エレン卿が海を見て言った。
私達の目の前には夜の中で青く輝く海があった。
ほらね、やっぱり夜光虫だった。
「わあ、海が青白く光っていて不思議! キレイ!」
幻想的に夜に青白く光る、その正体は渦鞭毛虫というプランクトン。
気温が高い時など、条件が揃うと波の刺激で六月頃、海水面に発生すると聞く。
「ラヴィ、波打ち際、海面にその辺の砂を撒いてごらんなさい」
ラヴィは砂浜の砂を一握り分掴んで波打ち際に撒いた。
「? はい、お母様。……あ! 青く光る! キレイ! すごい!
海の妖精がパーティーをしているみたい!」
海に向かって砂を撒く娘の姿が、妖精のように愛らしく綺麗なので、私は魔道具のカメラを構えた。
はしゃいでて可愛い!
ノリノリで夜光虫と娘の姿を記録していると、アレクシスが言った。
「なるほど……ちょっと生臭いが綺麗ではあるな」
「もー、あなたったら、匂いには気がつかなかったふりをしてくださいよ」
ムードが壊れるし! 旦那様はデリカシーが足りない!
「潮が赤いと夜はこんな事になっていたのですね」
エレン卿も他の騎士達も神秘的に青白く光る海に魅入っているようだった。
「夜釣りでもしないと、わざわざ暗い夜に普段は真っ黒の海に来ないから、気がつかなかったのでしょう」
もうじき夏が来る、そんなある日の事だった。
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