第66話 季節は春だったので……。

 公爵邸の広いお庭で植樹祭を行った。


 せっかくなので、奉納舞をしてくれる巫女も呼び、楽師も呼んだ。

 雅だわ。


 記念に庭園に娘と一緒に桜の苗木を植え、魔道カメラで記録も残す。



「お母様、新しい植物も庭に増えましたし、これで妖精さんも妖精界から戻って来てくれますよね?」

「ん? ええ、そうね、妖精さんも桜に惹かれてそろそろ帰って来るんじゃない?」

「お嬢様、ドレスショップの者が来ました。採寸しますのでお屋敷へ戻ってくださいませ」

「はーい!」



 ラヴィはメイドに呼ばれて屋敷に戻って行った。

 キラキラした陽光の中、春風と共に、軽やかな足取りで。


 そんな姿をじっと見ていると、前世の事を思い出した。



「どうした?」

「大人になってからもふと、少女時代に読んでいた少女小説を読みたくなる事があるんですよね。

でも大人になってもう一回読むと、感じが変わっている」



 少女に心に響くようなキラキラした文章をもう一回見たくなる。

 でも感受性が衰えたのか、昔ほどには響かない。

 やや色褪せて見える。

 でも輝くようなあれが、文章が、少女の時に読めて良かったと思う。



「急になんなんだ。小説に少女とか大人とかがあったか?」


「あ、ある所にはあります」

「それで?」

「なんとなく、私にも妖精の話をしてくれるお母さんとか欲しかったなって。

まあそんなタイプじゃなかったから仕方ないのですけど」


 

 アレクシスは訳がわからんと言った風に首を傾げた。

 だけど、ふと、思い出したように言った彼のセリフが私の胸を打った。



「そう言えば、公園に遊具が出来たと報告が上がってきていたぞ。

ブランコと滑り台だったか?」

「わあ! ラヴィを連れて写真を撮りに行かなくちゃ!」

「春が終わる前に完成して良かったな」


「覚えていてくださったんですね! てっきり戯言を言ってると、忘れ去られていたかと」

「其方がわざわざ遊具の絵まで描いて見せて来たではないか」

「そうでした! そうでした!」



 ここは異世界で、しかも小説で読んだ世界で、家族も、友達と言える人なんか、全部失ったけど、物語のラスボスポジの人なんかになってしまったけど、今は夫と子供がいる。

 いて良かった。


 私は意を決して、旦那様に抱きついてみた。

 アレクシスは驚いたようで固まってしまった。


 嘘みたいに鼓動が早いのが分かった。


 旦那様の心臓も、ドクン、ドクンと早い。

 これはただの緊張によるものだろうか?


 私の事を、少しでも好きかと訊いても、素直に答えるはずがないこの人でも、心音までが偽るはずがないと思ったのだけど。



「離しなさい、ここは外だぞ」


 力ずくでべりっと引き離された。


 周りに騎士や使用人達がいるので、仕方ないと思った。

 護衛騎士達は急な出来事に唖然とした顔で固まっていた。


 メイドはあらあら〜〜と言った風情で生暖かい眼差し。

 執事は何も見てませんとばかりに、目を逸らしている。



「自宅の公爵邸の庭で好きにして何が悪いんでしょうね」

「慎みを持て」



 相変わらずのお小言だったけど、背を向け、どこかに向かって足早に去って行く、彼の耳が赤かったのは、目の錯覚ではなかったように思う。



 * *


 私は庭園で花を摘み、それを一旦魔法陣の中にしまった。

 自分とラヴィも動きやすい服装に着替え、一緒に公園に向かった。


 ブランコも滑り台も初めて見る娘の為に、自ら滑り台とブランコの使い方をレクチャーして、ひとしきりラヴィと新しい遊具で遊んだ後で、私は転移の魔法布から花を取り出した。

 そしてブランコの持ち手の上の方を花で飾り、ラヴィを座らせ、魔道カメラで写真を撮った。


「最高に映える!」


 周囲にいた子供が先程の私達を真似て滑り台で遊び始めた。

 きゃあきゃあと子供が声を上げて楽しそう。

 初めての遊具に興奮しているようだ。

 滑り台に子供の列が出来ている。



「ブランコもそろそろみんなに譲ってあげないとね?」

「はい、お母様」



 もう映える写真も撮れたし、私は満足してラヴィの手を引いて、仲良く公爵家に戻った。



 * * *



 時は花咲く春であるので、しばらくして妖精のポストにまた小さな手紙が届き始めた。

 その中にあった一つには、ブランコが公爵邸の庭にも欲しいとラヴィの文字で書いてあった。


 そう言えば、貴族令嬢が平民にも入れる公園にそう簡単に行けないな、と思った私は、真夜中に枝ぶりの良い大きな木を選んで、ロープでブランコを作ってあげた。


 そんな私の姿は庭園警備中の公爵家の騎士にも見られてしまうが、仕方なかった。

 妖精に頼まれたのだと、苦しい言い訳を使ったが、果たして通じたかは不明であった。



 そうそう、後から執事にあの時、私が抱きついた後に、逃げた旦那様はどこへ向かったのか聞いたら、どうやら厩舎に行って、自分の馬に乗り、急に「走って来る」と告げてどこかに消えたらしい。

 遠乗り?


 もしかして、照れるとお馬さんでお外走って来る人なんだろうか?

 面白い人……。

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