第63話 海上戦線

「また夜中に抜け出したな」


「ハポングの文化を知るためには良い場所でした」



 あまり我慢してストレスを貯めると、負の感情が高まって、またラスボス化ルートに戻る可能性はゼロじゃないし。

 けれど、バカ正直に自分のラスボス化阻止の為ですとは言えないし。



「またそんな事を言って誤魔化そうと……」


「それにしても私は変装で男装までしてたのに、エレン卿は変装もせずにいきなり座敷に突入して来たのでちょっと困りました。

騒ぎを起こした事で後で外交問題にならないよう、謝罪の意味でも良いお薬をお店の女将に渡して来ましたけど」


「エレン卿はそなたが風呂に行くと見せかけてコッソリと抜け出すから、変装などする暇も無かったのだろう。女湯など、男が入っていけない所をついた小賢しい事をするからそんなことになる」


 う……っ!!


「ともかく、私、今日は鍛冶屋に行きますから」

「──はあ、私は今日、ハポングの貴族に招かれてしまったので、ついて行けないが、騒ぎはおこすでないぞ」


 ため息混じりに釘を刺された。


「私は昨夜だって暴れたりはしてないし、大人しく美人の隣でお酒を飲んでただけなので大丈夫ですよ……」


 私が小声でぶつくさ言うと、じろりと旦那様に睨まれた。

 おお、怖い、怖い。



「……お母様、今日は鍛冶屋に行くのですか?」


 朝の支度を終えて来た娘が、遠慮がちに声をかけて来た。


「そうよ、でもラヴィは鍛冶屋に興味は無いでしょう?」

「でもお母様が行くなら私も行きます」

 


 特に興味がなくとも母親が行くならついて来るらしい。鴨の雛のようだ。



 そんな訳で娘とメイドと護衛騎士とで、鍛冶屋に来た。

 鍛冶場は熱気がすごい。


 いかにも頑固親父といった雰囲気の鍛冶師が刀を鍛えている。


 そう、刀だ、かっこいい!!



「何だ? 女がこんな所に珍しいな、観光客か?」

「一振りくらい、買っていきたいわ、貴方の自信作を見せてくれるかしら?」

「お嬢さん、ただの土産物なら弟子の物でいいだろう、そこの……」

「ワザモノよ、実践でも使えるものを見せて」



 ただの土産物と適当にあしらわれそうだったので、最後まで言い終わる前に要求を言った。


 鍛冶屋は一旦奥に引っ込んで、一振りの刀を持って来た。



「この刀は炎龍と言う、火の気の在る場で鞘から抜き払うと、炎の龍が出る」


 炉の前で抜刀した鍛冶師の刀から、急に炎が立ち上り、それは龍の形を成した!



「まぁ、炎の精霊が龍の姿でその刀に宿っているのね?」

「そうだ、初見相手のハッタリにはこれでも十分だろう」

「ハッタリ……」

「宴会芸にも使える」



 え、宴会芸って! 

 戦士でもない女だからか、バカにされてるけど、何かかっこいいから欲しい!!



「まあ、使う者が強ければ宴会芸以外にも使えるから、それを買うわ」

「金貨15枚だ」



 あれ? 精霊が宿ってるわりにはお安い!!

 本当にはったりと宴会芸にしか使えないと思ってるのかしら?


 まあ、高いよりはいいけど。

 私は金貨を支払い、炎龍という刀をゲットした!



「大変だ! 龍宮にまたマーマン達が攻めて来たってよ!」



 けたたましい足音と共に冒険者らしき男が鍛冶屋に入って来るなりそう言った。



「まーた、蒼海の宝珠を狙って龍宮に……厄介なやつらだ、乙姫様も大変だな」

「龍宮……本で読んだわ。

海の中にあるという宮殿、おとぎ話ではなくて、実在していたというの?」


「ああ、龍宮はハポングの領域にあるのさ、それはそれは美しい乙姫様がおられる」

「助けに行かなくちゃ!!」

「奥様!?」


「アドライド公爵家の騎士の勇敢さ、強さをマーマン共に知らしめてやりましょう! 

ついでにそれで恩を売って先日の花街での、騒ぎを帳消しにするわよ!」


「お母様!?」

「ラヴィはいい子だからメアリーと宿に帰っていなさい!」

「えっ!? お母様そんな!」


 私はそう言って鍛冶屋から抜け出し、さっき買ったばかりの刀に浮遊魔法をかけ、それに横座りをして、龍宮のある海へ飛んで行った!



「奥様! 公爵家の騎士の力を見せると言いつつ一人で先行しないで下さい!!」

「奥様! お待ちを!」


 護衛騎士が叫んでいるけど、一刻を争うかもしれないので、先行します!

 ごめんね!


 ハポングの上空から眼下を見下ろす。

 冒険者や侍らしき者達が集まっている浜辺があるから、あの海で合ってるんだと思う。

   


「船着き場へ急げ!」

「相手は魚人だそ! 海上は不利だ!」


「だからってむざむざと蒼海の宝珠を魚人共に奪われる訳にはいかぬ!」



 侍と、冒険者の怒号が飛び交う。

 側にはオロオロしてる漁師っぽい人もいた。

 私は壊れて浜辺に打ち捨てられた船に向かった。



「そこのお嬢さん! その船は駄目だ! 船底に穴が空いてる!!」


「水に浮くんじゃなくて、空を飛ぶから、多少の穴は大丈夫!」

「はあ!?」



 私は混乱する漁師っぽい男性の忠告をかわして、今度はボロ船に浮遊魔法をかけた。



「奥様!!」



 忍者みたいな動きでエレン卿がもう追いついて来た。

 やるわね。



「エレン卿、この船で行くわよ」

「護衛騎士の援軍がまだ到着していませんよ!?」

「謙遜しないで、私と貴方でも戦えるでしょ」

「!!」


「置いていかれたくないなら、この船に乗りなさい」

「く、分かりました! 奥様は無茶をしないで船の飛行制御に集中して下さい!」

「それは状況により、臨機応変に!」



 船は砂浜から、飛び立った。

 海に向かって。 


 砂浜の戦士達から、ええ!? という驚愕の声が聞こえた。



「前方にマーマンの集団が見えてきました!」



 水飛沫を上げて、半魚人たるマーマンとジャンプする鮫が戦っていた。

 さらによく見ると、綺麗系人魚と、魚顔の半魚人が敵対して戦ってる。


 水中だけではなく、船や筏に乗って戦っているマーマンもいる。

 もしかしなくても、半魚人は水中で長居が出来ないのかも!?

 泳ぎは上手いけど息継ぎがいるみたいな。


 そして鮫は人魚の指示で動いてるようだった。



「乙姫様と龍宮には手出しはさせぬ!」

「人魚と鮫を殺せ! 宝珠と乙姫を我らに!」

「あの人魚と鮫は龍宮側の防衛みたいね!」

「おそらくは!」


「ギョギョ!? あの人間族! 空を飛んでいるぞ!?」


「抜刀!!」

「はっ」



 私がそう言うと、エレン卿は腰の剣を抜いた。



『ファイアーボール!!』

「ギャア!!」


 私は火球をマーマンにぶつけながらも、さっき買ったばかりの刀から、炎の龍を呼び出した。

 水中からマーマンが銛を投げて来たが、それをエレン卿が切り飛ばした。


「炎龍! 我が意に従え!! その剣に寄り移り、力を貸せ!」


 私の炎の龍は、刀からエレン卿の剣に乗り移った。

 即席炎系エンチャント魔法!

 


 エレン卿の剣は今ひととき魔剣となり、遠距離攻撃が可能になった!

 切っ先から炎が走る!

 炎の龍が筏と船の上にいるマーマン達に襲いかかった!!


「ギャアアッ!!」



 炎龍の顎門がマーマンを襲った。

 絶叫し、海に落ちるマーマン。

 仲間の絶叫を聞いたマーマンはわざと海中に身を踊らせ、その身を隠した!



「水に潜られた!!」

『水の精霊よ!! 水を割れ!!』



 私は全属性の加護持ちよ!! なめないでよね!

 モーセのように水底までは割らないけど、マーマンの周囲の水が突如として円形に弾かれたように離れた。

 それは小さな竜巻の渦の中心にも似ていた。

 急に周囲の水が離れてバランスを崩す敵の姿が丸見えになった!



「ギャ!?」

「くらえ!」



 エレン卿の炎の龍はエレン卿の風の精霊の力も合わさって、狙い違わず、マーマン達に襲いかかって火だるまにした!! 

 水に濡れていたはずのマーマンだったが、精霊の炎は強く、蒸気と炎の中で絶叫した。


「「グギャアアッ!!」」



 マーマン達が火だるまになって絶叫をあげていたら、水飛沫を上げて猛然と泳ぎながら突っ込んでくるひときわ大きなマーマンがいた!



「あれがマーマンの司令官か!?」

『フレイムジャベリン!!』



 私の炎の槍がこちらに向かって来る巨体のマーマンに直撃した!

 いつの間にか、海岸にもマーマン達が上陸して、砂浜でも戦闘が始まっていた!

 

 冒険者に、侍に、追いついて来たらしきうちの騎士達も見えた!

 混戦ではあるが、劣勢ではない。



「アドライド公爵家の威光にひれ伏せ! 魚人共が!」



 公爵家の精鋭は陸の上ならそうそう魚人ごときが勝てる相手ではない。

 マーマン達は続々と倒されていった。

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