第59話 初めての川体験

「ところで、お布団が三つ並んでいるわね」


 ウケルわ。


「これは……三枚で一人分ですか?」

「いいえ、違うわよラヴィ、これはね、親子三人、仲良く並んで寝ると思われてるのよ」


「親子三人……だと?」



 男湯で入浴を済ませて部屋に戻って来たアレクシスの背後に……ゴゴゴ……という効果音が見えるようだわ。



「ほら、お父様が初めてお隣で一緒に寝てくださるわ、良かったわね、ラヴィ」

「え? 本当ですか?」


「あなた、娘を挟んで三人で寝ると思われてるので、隣に部屋を用意されてる訳じゃないですわよ」


 私の追い込みセリフに観念したのか、アレクシスは仕方ないなと、一つため息を吐いて、諦めとともにこの状況を受け入れる事にしたようだ。


 ハポング的には嫌がらせではなく、好意でしてくれてるやつだしね、これ。


「はい、お風呂の後は湯冷めする前にねんねしましょうね」

「は、はい……」



 ラヴィの体にお布団をかけて、優しく胸の前をポンポンと叩く。


 そして娘を挟んで川の字になって寝るやつを初めてやった。


 ラヴィにとっても初めての経験だ。



「ラヴィ、お父様、お隣で寝てくれて嬉しいわねぇ?」

「はい……」



 娘は頬を染めて戸惑いつつも嬉しさもあるようだ。



「……」


 アレクシスは既に目を閉じて沈黙状態である。

 現実逃避にさっさと寝ようとしてるのかも。



「おやすみなさい」

「おやすみなさい、お父様、お母様」


 スヤァ…………。

 船旅の疲れもあって、我々はわりとすぐに寝た。



 * *


 翌朝の朝食も体に良さそうな……どう見ても和食が並んでいて、実に落ち着く。

 味噌汁に漬け物に焼き魚に海苔と白米。



「夜から夜桜を見ながら宴会だけど、午前中は自由時間で観光ができるわ」

「お母様はどこを見に行くのですか?」



 実は花街が見たいけど子供の前でそんな事は言えない。



「私は海と魚市場と綺麗な庭園と鍛冶屋に行きたいなと、思ってるのだけど、案内係は手配してくれるし、二人は自由にしていいわよ」


「鍛冶屋で何をする気だ?」

「刀鍛治が見たいので」

「あの細い剣が見たいのか」


「刀ですわ、一振りくらいお土産に買って帰るのも悪くないですし」

「全く知らない国なので、私はお母様について行きます」



 ラヴィは何を見ればいいか、分からないらしい。

 一方、夫の方は……


「観光客は通常……神殿……寺とか神社に行くようだが、まあ、私が他所の神を祀る場所に行ってもな……」



 原作で若くして亡くなったアレクシスは生存率を上げるために、神社に行ってお祈りしてもいいとは思うけど。

 貴方は死なないように神様にお祈りに行きなさいと言うのもアレだ。



「えーと、つまり、あなたも私達に同行してくださるという事ですね。

分かりました」


「他国で行方不明だの事件を起こされたら大変だからな」



 素直に心配だからと言えばいいのに、こんな言い方しか出来ない、不器用な人だ。

 でも完全放置発言されるよりは多分いい。

 娘の側にはいてくれるって事だし。


 でも鍛冶屋なんて女の子が喜ぶ場所とは程遠いわね。

 かと言って遊園地のような場所がある訳じゃないし。

 花系は桜を見たし。夜桜も控えてる。


 後は体験系? 苺狩りみたいな。

 うーん、これはハポングの人にどこに何があるか聞かないと分からないわね。

 十分歓待して貰っているからこれ以上、あんまりお世話させるのも申し訳ない気がするし。



 まずあらかじめ行きたいと決めていて、手紙に書いていた場所は、温厚そうな30代くらいの黒髪男性の案内人が案内してくれる事になっている。



 海に来た。


 桟橋が架けられた先に小屋があるのが見える。

 すると案内係の男性が口を開いた。



「あそこでは棚ジブ漁が出来ます」



 タナジブは、海岸から20~30m離れた海上に小屋を設置し、ジブと呼ばれる、竹竿を×字形に組んだ先に網を張った特殊な四手網を、この小屋の中から操作して漁を行うもの。


 その漁法は、海中にジブと呼ばれる四つ手網を沈めておき、満ち潮にのって泳いでくる小魚類が網に入ったのを見計らって、網ですくうというものである。



「あら、私も網を引いていいのかしら?」

「え? 奥様もやりたいのならば……」



 案内係は意外そうな顔をしたが、駄目って事はないらしい。



「やりたいわ。エビとか獲れるかもしれないでしょう?」

「そうですね、エビは比較的かかりやすいです」



 呆れ顔の旦那様を見なかった事にして桟橋を歩き、我々は小屋に着いた。



「よし、沈めてある網を引っ張り上げるのよね」



 私は腕捲りをして張り切った。



「奥様、ここは騎士である我々にお任せを」



 エレン卿がずいっと出てきた。



「エレン卿、待って、自分でやらないと感動が無いじゃないの」

「しかし、通常レディは漁などしません」

「せっかく旅行に来ているのだし、見なかった事にしてちょうだい」


「仕方ない、妻が折れそうにないから私が手伝う」

「閣下!?」

「お父様がやるなら私も」

「ラヴィは無理せずに見学で良いのよ」


「やります!」

「お嬢様まで……」


 エレン卿は頭を抱えたが、もうやってしまった方が早いと思ったアレクシスは、自分も上着を脱いでシャツの袖を捲り上げる。


 エレン卿も慌てて主人同様に腕捲りをした。


 私は鞄の中から風呂敷サイズの魔法陣を描いた布を出し、それからエプロンを取り出して、自分とラヴィで身に着けた。


 男物のエプロンは持って無かったのである。

 ごめんね、旦那様とエレン卿。



「せーの!!」

「「はい!」」



 私のかけ声で網を引っ張り上げた。

 はい! と元気よく言ったのはラヴィとエレン卿だ。

 旦那様はクールに無言だ。


 だけど運良くエビが沢山入っている!!



「わ! エビです! エビがいます!」

「今網で掬うわ!」



 夫とエレン卿が網を引き上げているうちに持ち手の長い網で沢山入ってるエビを掬いあげた!

 私は桶に掬ったエビを入れる。

 体は私がしっかりと支え、一応ラヴィにも網を持たせて掬わせてみた。



「わあ! 凄い! エビが沢山捕れましたね!」

「これでエビのかき揚げとかエビマヨも出来るわね」



 たのしみ!!



「このエビは後で宿の方にお運びいたしますね」

「ありがとう」



 案内係の人が親切にそう申し出てくれたので、お言葉に甘える。



「あの海岸で貝殻拾うくらいがお子様とレディのする事だと思うのですが……」

「まあ、まあ、貝殻拾いは今度ね、エレン卿」

「いや、私が貝殻を拾いたい訳ではなく」

「皆様大丈夫ですか? お洋服、濡れてませんか?」



 メイドのメアリーが声をかけて来た。



「私は大丈夫です。エプロンがあったので」

「私も大丈夫よ」

「私と閣下は風結界を張ったので大丈夫です」



 無事に楽しい棚ジブ体験を終えた。

 苺狩りのような可愛い体験じゃないけど、エビも大漁だったので、ラヴィも楽しそうだった。

 結果オーライだ。多分。

 お次は案内係の人について市場へ向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る