第58話 情緒ある温泉宿
「アドライド公爵家の皆様には、この後は夜に温泉地でお泊まりいただき、ゆっくりされて、明日の夜にはまた夜桜を見ながらの宴会という予定を組んでありますが、問題が有ればおっしゃってくださいませ」
「特に問題はありません。ハポングの姫のお心遣いに感謝を」
ここは公爵家の主たるアレクシスが答えてくれた。
やった〜〜!! この後は温泉だ!! 明日の夜桜見物も風雅だなぁ〜〜。
昼の桜もいいけど夜の桜は幻想的で違った魅力があるから。
そうして私達は温泉のあるお屋敷に案内されて、ゆっくりと休息をとる。
泊まる部屋まで屋敷の案内係に案内され、引き戸の障子の向こうにあった物を目にした私は思わず……
「おふとーん!!」
ドサアッ!! と、思わず畳の上に敷いて有るお布団にダイブ してしまった。
「お、お客様、そんなにお疲れでしたか、ぜひお布団の中でゆっくり休まれて、旅の疲れをとってくださいませ」
いかん、案内係の人を驚かせてしまった。
「ほほほ、気持ち良さそうなお布団を見て思わず、驚かせてごめんなさい」
「ディアーナ、はしゃぎすぎるな。子供より落ち着きがないぞ」
旦那様に呆れられた! ははは!!
「お母様……お疲れなんですね」
「奥様、お休みになるなら先にお着替えをなさいませんと」
ラヴィとメアリーにも若干引かれてる。
「まだ寝ないわ! でもお布団にはちょっと飛び込みたくなる魔力、いえ、魅力があるの」
この後はラヴィと一緒に温泉に入った。
木々に囲まれた大露天風呂!! 源泉かけ流し!!
「はあぁ〜〜、気持ちいい……」
「お母様、オレンジのような物がお湯に浮いています」
「柚子よ、いい香りなの」
旦那様は男なので別だ。男湯にいるんだろう。
私達は存分に温泉を堪能した。
そして私はラヴィより先に魔法で髪を乾かし、廊下に出た。
ラヴィはまだメイドにお世話されつつ髪を乾かしている。
部屋に戻る前に周囲を窺っていると、エレン卿がいた。
歴史と品格の漂う木造建築のこの廊下にて、まだ温泉にも入れず、我々の警護中だったのだろう。
エレン卿は先日から風魔法の付与魔法、エンチャントを感じる装備を身に着けてるっぽい。
「そう言えばエレン卿、最近マントとブーツを新調したようね。いい装備だわ」
とはいえ、今はブーツは脱いでいる。
土足禁止の場所なので、室内用の履き物だ。
「あ、奥様。この装備は閣下から護衛任務中一時的に借りているものです」
私が急に声をかけたせいか、エレン卿は少し驚いている。
「じゃあ休みの時は他の人が身につけるの?」
「そうなります」
「でも魔法効果のあるいい装備だし、旦那様からずいぶんと信頼されているのでしょうね」
「は、はあ?」
「……もし、旦那様と私が同時に危機に陥るような時は、私よりアレクシスを優先するのよ」
「……奥様? 急に何を」
実は原作で……アレクシスは、ラヴィの父親は、ラスボスのディアーナより先に亡くなっていたのだ。
でも、私がラスボスルートを外れて未来を変えられたなら、アレクシスの生存する未来もあるかもしれない。
私は、この体はディアーナの物だけど半分は、魂は違う。
でもアレクシスはラヴィの本物の親だ。優先すべきだ。あの子に残してやれるなら……。
それに、アレクシスも氷の公爵とか言われてるわりに良い人だったし……。
「ごく、当たり前のことを言っただけよ。でも一番に最優先すべきはラヴィの命よ。
守れなかったなら、それこそ、世界が終わりかねないから」
「え? もちろんお嬢様の事も全力でお守りいたしますが、世界?」
「それだけ重要なのよ、この世界において」
「……子は宝ですからね。お嬢様は奥様にとって、世界で一番大切な……」
それもあるけど、本当にこの世界の核となってるのは原作主人公にして聖女のラヴィだから。
* * *
〜( 公爵家の護衛騎士、エレン視点 )〜
話は少し遡る。ハポングへ旅立つ少し前。
「エレン卿にはこれを渡しておこう」
「これは?」
閣下の前のテーブルの上にはマントとブーツがあった。
「このマントとブーツには風魔法が付与されている。
ディアーナはたまに空を飛んで屋敷を抜け出して何処かへ行く」
「はい」
「あれについていくには、地上を走る馬では不利だ。
これの装備中ならば体が軽くなり、地上から屋根まで飛ぶ事も可能だ。
流石に、これだけでずっと空中を移動する魔力は持続しないが、驚くほど身軽になる」
「これで空を飛べるというより、屋根から屋根へ飛び移り、物凄い跳躍をしながらの高速移動が可能という感じですか」
「そういうことだ。そもそも風の精霊の加護のあるエレン卿ならば上手く使いこなせるだろう」
「かしこまりました」
私は閣下から貸し出された魔法のマントとブーツを装備し、抜け出し癖のある奥様の警護をすることとなった。
早速出番が来た。
奥様が屋敷を抜け出した!
男装の変装をしているが、何があるか分からない。
私は魔法の装備で風のように屋根から屋根へ跳躍し、尾行を開始した。
奥様はまず、花屋で何かの苗木を購入した。
ハポングに苗木を贈ると言っていたので、それの買い物だろう。
邸宅まで業者を呼べばいいのにわざわざ買い物に来るなんて、本当に変わった公爵夫人だ。
次に食堂兼酒場らしき店に入った。
客が多いので相席になったようだ。私も見知らぬ人と相席だ。
奥様が頼んだものは豆とエールだ。
私は任務中なので酒を飲む訳にはいかないので、とりあえずパンと葡萄ジュースを頼んだ。
奥様は相席して、知り合ったばかりの冒険者の男と話が弾んでいるようだ。
ややして奥様は冒険者の男と一緒に店を出た。
私はジュースを一気飲み干し、食べかけのパンを懐に入れて慌てて店を出て後を追う。
既に夕刻だ。夕陽が赤く染まっている。
尾行を続行する。
二人は家賃の安そうな陰気な雰囲気のある長屋のような家に入った。
個人の家だ。私は中までは入ってはいけない。
壁越しに聞き耳を立てた。
すると、とんでもない声が聞こえた。
「おっぱいパラダイス!! たわわは最高!!
人類の至宝! だがちっぱいも至宝!!」
な、なんて事を大声で叫んでいるんだ! 奥様!!
男装してるとはいえ、全く奥様ときたら……中身は女性であるというのに。
私は内心で頭を抱えた。
その後、二人はすぐに家から出て来た。
男は奥様に大変感謝してる様子だった。
何なんだ?
その後はブルーベリー農園へ向かい、苗木を手に入れたのを確認した。
私が身を隠す建物の側では痩せこけた浮浪者の男が壁にもたれて座り込んでいる。
私は懐に突っ込んであった食べかけのパンを男に向かって放り投げた。
浮浪者は無言で頭を下げ、パンをありがたそうに受け取った。
食べかけですまんな。
奥様はその後、歓楽街に行く事もなく邸宅へ帰宅したので、ほっとした。
しかしあの発言まで閣下に赤裸々に報告すべきなのか?
いや、何か叫んだとだけ言っておくか。
奥様の名誉のために。
いつぞやは、美味しいお酒のご相伴に預かったしな。
蟹の、甲羅酒とか……。
一応それなりに恩義は感じているのだ、これでも。
私は奥様の大声の内容だけ伏せて、旦那様に報告した。
後で食堂にいた執事に聞いた話だが、お嬢様の質問によれば奥様はあの長屋で除霊をしていたらしい。
あれはその為の大声だったと……。
な、なるほどな?
たしかに大声ではあったからな……。
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