第56話 大きな声で叫ぶんだよ
「状況を説明しろ」
公爵邸に先に帰って入浴後のまったりタイム中に茶を飲んでいたら、旦那様が帰って来た。
よし、問われたので説明しよう。
「私が案内係に休憩室に案内された先が、なんとベッドのあるいかがわしい部屋で、皇太子がベッドの側から現れました。
扉は気がつけば鍵がかけられていて、魔法で扉をぶち壊して脱出しようと思ったら、魔法封じの仕掛けのせいで魔法が発動せずに、あわやピンチという所で皇太子に履いていた靴を投げつけ、私は素早くバルコニーに続く扉へ走って行き、バルコニーの手すりに登って、そこから飛び降りました」
「バルコニーから飛び降りただと!?」
「はい。流石にバルコニーの部屋の外側にまでは魔封じの仕掛けは作用してないと踏んで飛びましたら、それが当たって私は飛べました。
地面への激突を避けられましたが、その後裸足の上、ドレス姿でもありますから、その辺の常緑樹の木の枝を風魔法でぶった斬り、それに魔法をかけて乗っかり、神殿まで逃亡、そして帰宅しました。終わり」
「何という……」
「私は人妻として貞操を守って最低限の誇りと慎みを持ち、帰宅できたのでえらいと思います。
褒めてくれていいんですよ」
「はあ……頭が痛い」
褒めるどころかアレクシスは頭を抱えちゃった。
「それは大変ですね、主治医から頭痛薬を貰ってください」
「それより、これからどう皇室に対処するかを考えねば」
「襲われかけたけど、私は無事逃げおおせております。
手込めにしようとしてまんまと逃げられた皇太子は、この話が世間にバレると大恥をかくだけなので、酔った私が控え室と間違えた部屋に入って、バルコニーから飛び降りてそのまま帰ったとでも言うでしょうから、放っておきましょう」
「其方、そんな目にあったのに、皇室へ抗議しなくていいのか?」
「はい。
まだラヴィが小さいのであまり事を大袈裟にして皇室と争いたくはないのです。
こちらが派手に噛み付けば、皇太子側が強行手段を取って暗殺部隊でも送られては困ります。私や貴方はともかく、ラヴィはまだ自分で自分を守れません」
「そうか……ラヴィアーナの安全を考えれば……度し難いが、やはり今しばらく放置するしかないか」
「もし、万が一、皇太子側から何か言われたら、この破廉恥案件は無かった事にしてやる代わりに当分こちらに出征命令は出すなとでも伝えてください。それか金品でも要求してください。それで相手がひとまず安心するならば……」
「分かった……」
旦那様に皇城でのいきさつを説明し、その日は大人しくすぐに寝た。
*
翌日の昼。
ハポングへ行く時のお土産を探しに行きたいので、私はまずうさぎ小屋に向かい、こそっと男装の変装をして街へ出た。
まだ皇太子へ表立って報復は出来ない為、憂さ晴らしのショッピングである。
あんな事があったばかりで外出を止められそうだったので、こっそりとね。
アーモンドの苗木は花屋でたまたま見つけたので公爵邸へ送るように手配しておいた。
よし、次はブルーベリー。
でもそろそろ歩き疲れた。
休憩がてら私は酒場兼、食堂に入った。
「いらっしゃいませ、お客様が多いので相席でよろしいですか?」
「ああ」
「ご注文はお決まりですか?」
私はウエイトレスに塩味の炒った豆のおつまみとエールを頼んだ。
そしてたまたま相席になった冒険者らしき男の悩み事を、豆を食べながら聞いた。
「え? 最近引っ越しをしたら家にゴーストが出た?
なんだそれ、事故物件か?」
私は今、男装中なので男らしい話し方を心がける。
「とにかく家の中でバシっとかギシギシと変な音がしたり、物が勝手に動いたり、寝てると胸が苦しくなるんだ。何かいる部屋に違いない」
「本当に元から部屋に何かが? 冒険者や戦士なら自分が戦場とかでヤバイの貰ってきた可能性もあるだろう?」
「いや、しかし今までそんな目にあった事はなかったし、その部屋の家賃はやけに安かった」
じゃあやはり元から事故物件に引っ越して来てしまったパターンか。
「じゃあ、とりあえず部屋ですけべな事を叫んでみろ。それで除霊出来る可能性もあるから」
「す、すけべな事!?」
「そう、すけべな事、つまり性的な事は生命エネルギーにまつわる事だし、霊はそういうの苦手だから」
「ぐ、具体的には……?」
「とにかくすけべな本の朗読でもいいし、霊も驚くほどすけべなセリフか単語をなるべく大きな声で言え」
「そ、それもある意味苦行だと思うが」
「怖くてキモい状況が続くより一瞬だけ弾ければいいじゃないか。
何なら俺が現場に行って叫んでやろうか?」
「本当か!? それなら助かる」
「仕方ない、これも人助けだ」
現場の長屋のような建物に到着した。時間は逢う魔が時。夕刻だ。
確かに陰気な気配を感じる。
「ここが俺の部屋だ」
男は部屋のドアを開けた。部屋の角に黒いモヤのようなものが見える。
出来るだけ大きな声で入る。
「入るぞ! お邪魔しまーす!」
シーン。
返事はないが、黒いモヤはまだ健在だ。
「どうだ? 何かいそうか?」
私は一度大きく息を吸い込んでから叫んだ。クソデカボイスで。
「おっぱいパラダイス!! たわわは最高!! 人類の至宝! だがちっぱいも至宝!!」
するとどうでしょう!!
部屋の隅にいた黒いモヤは、窓から出て行ったではないか!
隣の冒険者男は私のクソデカボイスに驚き、ビクッとした後で固まってた。
「なんか黒い影が、今の俺のセリフで窓から出て行ったぞ」
「本当か! 助かった!!」
「すけべなセリフでゴーストを追い出せるとはな」
今度からは自分で言えよ?
「今日もおっぱいが世界平和に貢献した。
よし、さっさとブルーベリーの苗木を買って帰るか」
「あ、旦那、ブルーベリーが欲しいのか!
俺の知り合いにブルーベリー農園をやってる人がいるんだ、除霊のお礼に苗木を贈るよ! 贈らせてくれ!」
「ありがたいが、それって近所か?」
「わりと近いよ」
よっしゃ! これでブルーベリーの苗木もゲットだ!
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