第55話 うどんとすき焼きとガーターベルトとストッキング
「春になったら、かぐや姫のいるハポング国に旅行に行きますので、お知らせしておきますね」
こちらから贈った、光によって色の変わる美しい魔石の贈り物も、かぐや姫には喜んでいただけたようだった。
お礼の手紙も届いたので、朝食の時間に夫に報告をしている。
「あちらから招待されているのか?」
「もちろんいつでも遊びに来てと、言われていますわ。でもやはり、あそこは薄紅色の花の咲く、春が良いと思っていますの」
「薄紅色の花? お母様、私も連れて行ってくださいますよね? 置いて行ったりしませんよね?」
「アーモンドの花に似た花で、薄紅色の花弁が綺麗で、桜という花が咲くのよ。
ラヴィも行きたいなら、連れて行ってもいいわ。でもお行儀よくしてるのよ?」
「私も行きます!! 良い子にしています!」
ラヴィは大人しくて行儀が良い方だから、連れて行っても大丈夫でしょう。
私は頷いた。
「……旅行もいいが、皇室の春の舞踏会の準備も進んでいるのだろうな?」
「皇太子殿下も無事に見つかって、宴開催日の変更もありませんし、ドレスの用意もしてあります」
「ハポングに行ったら、妖精さんへのお土産も買いたいのです」
「うん? 妖精さんにお土産ですって?」
そう言えばそういう設定で庭にポストを設置していたわ。
あ、アレクシスが不審そうな目で私を見ている。
どうやら私を疑っている……。
鋭いわね。
いや、普通に考えたら私が一番怪しいわよね。
「はい、妖精さんはこちらにないお花とか喜ぶのではないでしょうか?
サクラというお花は貰って帰れるでしょうか?」
「あれは、木になるのだけど、苗木を貰う事は……可能かしらね?
一応あちらの国にお手紙は出しておくわ」
「はい、お願いします、お母様」
「ではこちらからはアーモンドの苗木か何かを贈るか? 彼の国との友好の証に」
「それはいいですね、アーモンドとブルーベリーの苗木など持って行きましょうか」
「何故ブルーベリーなのだ?」
「ブルーベリーは目にいいと言われてますし、そのうち実が食べられるじゃないですか、嬉しいはずです。
オリーブもいいでしょうけど」
ハポングが日本と似た国なら、美味しくて体にいい食べ物は好きな気がする。
食への探究心が半端ないあの日本に似てる食文化だし。
それにしても冬とはいえ、今日も寒い。
昼食はアギレイの文官宿の食堂で温かい料理でも作りに行こうかしら。
すき焼きでも作りに。
ハポングの事を考えてたら懐かしい料理を食べたくなってきた。
あ、締めはおうどんで……
──あれ、まずはうどんを打たないと無いのでは?
* *
私は朝食の後に厨房へ向かって、料理人達にうどんの麺作りの指導を行った。
指導途中で、「ご主人様方が食べる物を踏むのは無理です」
などと言われたりしたので腕力で頑張ってもらう事にした。
私は完成したうどんとすき焼きの材料と共に転移陣経由でアギレイに向かった。
神殿を抜けて文官のいる宿舎に行こう。
「パパ〜!!」
不意に神殿の庭園に出ると子供が父親に甘える姿を見た。
父親が娘を抱き上げている、ほのぼのとした光景。
あれ、もしかしてアレクシスがラヴィを抱っこしてる姿って見た事無いのでは?
子供時代は特別だし、パパに抱っこされた思い出がひとつも無いと寂しいかもしれない。
そのうちアレクにラヴィの抱っこをお願いしよう。
* *
私はアギレイで文官達と、美味しいすき焼きとおうどんを食べた。
宿の一階の厨房で公爵夫人たる私自ら、料理を始めたら文官達はとても驚いてしまったけども。
「凄く美味しい料理ですね」
「ふふふ、スキヤキって言う料理よ」
砂糖と出汁と醤油とお酒のハーモニーが絶妙なのだ。
砂糖を炒めてお肉のコクを出す関西風で美味しくいただいた。
* * *
そして時は流れ、厳しい寒さの冬が終わり、待望の花咲く春を迎えた。
「お母様! 春になったのに妖精さんがお庭に帰って来ません!
他にもっと素敵なお家でも見つけてしまったのでしょうか!?」
──いけない!! ラヴィの目がうるうるしているわ!!
私の仕事、やる事が多いから妖精ポストをお休みしてるだけなのよ!!
「い、今妖精さんも春をお祝いするパーティーに呼ばれてあっちこっちに行っているのかもしれないわ。アレクや私も皇室主催のパーティーに呼ばれているもの」
「そうですか、春のパーティー!! それなら仕方ないですね」
* * *
三日後。
皇室主催のパーティーの日。
皇城にて豪華絢爛な春を寿ぐパーティーが開催された。
パーティーは夕方から夜に行われる。
お決まりの貴族的挨拶を繰り返し行ってからのダンスの時間。
皇太子と皇太子妃がファーストダンスを行い、それからが本格的に我々のターンとなる。
多くの人が二人のダンスを惚れ惚れと眺めている最中。
──なんだけど、私はダンスよりお酒のブレンド、カクテル作りをして遊んでいた。
「これは……なかなかイケるのではないの?」
自分で作ったカクテルにご満悦な私。そんな私を見て声をかけてくる旦那様。
「そんなに酒やジュースを混ぜて大丈夫なのか?」
「美味しいですよ、これ。フルーツジュースも入ってとても飲みやすくなってます」
「あら、本当ですわ。フルーティで美味しい。いくらでも飲めそうです」
「ほら、ラヴィのガヴァネスのレジーナもそう言ってくれてるじゃないですか」
「ダンスの前にそのように飲みすぎて大丈夫か? 酔いが廻るぞ」
「ダンスはしてもしなくてもいいではないですか」
「其方の様子をチラチラ見ながら、ダンスに誘いたそうに機会を窺う男の視線に気がついていないのか?」
ああ、そういえばディアーナは美しい外見でとてもモテるんだったわ。
今は隣に旦那様がいるから怖くて近寄れないか様子見しているって事かな。
そして拍手が城内に響いた。
皇太子と皇太子妃のダンスが終わったようだ。
素晴らしいダンスでしたとか言うおべっか、賛辞の声が聞こえる。
あ、何人かの貴族男性がこちらへ向かって来る!!
「行くぞ」
私は旦那様に手を取られた。
どうやら旦那様は私とダンスをする気らしい。
こちらに向かって来ていた貴族男性達の足が止まった。
牽制?
夫らしく男性達を追い払う役をしてくれようとしているのかな?
私はダンスフロアで旦那様と一曲踊った。
何だかとっても……ふわふわとした心持ちだ。
もしかして……さっき飲んでたカクテルが効いてる??
「どうした? 目が虚ろだぞ? やはり先程の酒で酔ったのではないか?」
「ちょっと……休憩室で休んで来ますわ」
旦那様は休憩室まで送ってくれようとしたけど、旦那様と交流したい貴族達に呼ばれてしまった。
社交、歓談のターンね。
確かにダンスで酔いも回った感じある。
私はふわふわ、ふらふらのまま、休憩室へ向かった。
案内係に案内された休憩室が、明らかにおかしかった。ベッドがある。
「ここ、何かおかしくない?」
私が案内係にそう言って振り向いたら、部屋のドアが閉まった。
「え?」
この部屋、明らかに変よ。
休憩用のソファが複数あるのが普通だと思うのだけど、ソファどころか、天蓋付きのでかいベッドが置いてあるのだ。
すると、ベッドのカーテンの向こうから、男が出て来た。
皇太子!!
さっきまでパーティー会場にいたと思ったら、凄い速さで移動してるじゃないの!!
ドクンと鼓動が跳ねた。
私は慌ててドアを開けようとしたけど、開かない!
鍵が……かけられてる!!
罠だ!! 一気に酔いが覚める。
「開けて!! ここを開けなさい!!」
扉を叩いて叫ぶけど、誰も来ない!!
「無駄だ、誰も助けには来ない」
こ、この外道!! 私は既に人妻だと言うのに!!
こいつはここで私を犯して、既成事実を作って、今更無理矢理自分のものにしようとしている!!
すぐにそう悟った。
私は魔法で扉を破壊して出ようと思った。
だけど、魔法が発動しない!! くそ! 魔封じだ!!
「ご丁寧にこの部屋、魔法封じの仕掛けがされているようね」
「そうだとも、魔法が使えなければ其方も一人のか弱い女だ」
皇太子は酷薄そうな笑みを浮かべている。
周囲を見渡すと、ガラス扉の向こうがバルコニーだ。
流石にそっちの扉は施錠して無い。
皇太子がこっちに悠然と歩いて近付いてくる。
私は慌ててハイヒールを脱いで、皇太子に投げつけた!
が、すっとそれをヤツは避けた!!
バルコニーまで裸足で一気に走った。
「おいおい、まさか、そこから飛び降りるつもりじゃないだろうな?
かなり高いぞ、4階以上ある。死ぬ気か? 運が良ければ死なないまでも、大怪我はする。
冷静になって、ベッドで休め」
「何が休めよ、いやらしい事をする気でしょう!?」
エロ漫画みたいに!!
「ベッドはその為にある」
「いけしゃあしゃあと!! 貴方には既に皇太子妃がいると言うのに!」
「焼きもちか? お前の方がいい女だ。こう言って欲しかったのだろう?
ディアーナ、いい子だから、手すりから離れるんだ」
「寝言を言いつつ近付かないで! 夢を見るならそこのベッドで一人で寝てなさいよね!」
「おい、待て、まさか本気で……!?」
「来ないで!!」
お前如きに好き放題されるくらいなら、飛び降りるわ!!
皇太子がたどり着く前に私は手すりに登ってバルコニーから飛び降りた!!
「ディアーナ!!」
『飛べ!!』
私は飛び降りつつ、浮遊魔法を使った。
今度は風の精霊の反応が有る!!
流石にバルコニーの外までは魔法封じは出来ていなかったと、私は読んでいた。
ビンゴ!!
これで地面に激突して死なないし、骨折もしない!!
「ざまぁ〜〜! ですわ〜〜!!」
上から皇太子が何か叫んでるけどスルー!!
まんまと逃げおおせてやるわ!!
でもさっき靴を投げつけたから裸足なのよね!!
何か板切れが有れば乗れるのに!
私は急いで周囲を見渡す。
裸足とドレスでずっと宙に浮かんではいられない。
夜とはいえ、下から見上げてずっとガーターベルトにストッキングにパンツ丸見えのセクシー状態でいる事はできないわ!
早くしないと衛兵が集まって来る!!
仕方ないから皇城の庭の木の枝を風魔法で切断して魔女が箒に乗って空を飛ぶがごとくに横座りして木に乗って私は逃げ出した。
神殿まで一気に逃げて転移陣から公爵邸に帰る!!
お家に帰る!!
* *
「奥様!! 何故裸足なのですか!? 何故お一人で!? 旦那様は!?」
メイドのメアリーが私の状態を見て驚いている。
──公爵邸に無事着いた後に、私は思った。
そう言えば普通、小説や漫画なら、バルコニーの下にヒーローがいて、飛び降りるヒロインをしっかり受け止めるドラマチック展開のはずなのよね。
「私、一人で先に帰ったの」
「ええ!?」
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