第54話 奥様と小さな親切

「行方不明の皇太子捜索命令が出たので、私はまた例の森に行って来る」

「それはそれは……お疲れ様です。また森へ行かれるとは」

「ここぞとばかりに貴族達に忠誠心を示せと、上が仰せだからな」



 そんな訳で旦那様のアレクシスは行方不明の皇太子捜索に駆り出された。

 私はそれを見送った。


 私は皇太子と極力関わりたくないので、大人しく自領となったアギレイの政務をこなす事にした。



「鉱山とレース関係の報告書とトイレ増築の進捗と石鹸などの製作の件の書類はこれで全部です」

「ありがとう」



 私は文官から受け取った沢山の書類をテーブルに並べて真面目にやってる。

 これをひととおりやり終えたら、好きな事をしていい。


 そして二時間程集中して書類仕事をした。

 私にしては頑張った。


 休憩がてら元宿屋を改造した三階建てのこの事務所の窓から下を眺めると、賑やかな街並みが見える。


 この宿屋の下は元食堂なので、周囲にも飲み屋や色んなお店が並んでいる。

 近くで市場も立つ。



「蝋燭はいりませんか〜〜!?」


 幼い少女の声が響いた。

 マッチ売りではなく、蝋燭売りの少女がここに存在した。

 花咲く春は貧しい花売りをしていた少女が、冬は蝋燭を売っているらしい。

 なるほどね、冬に咲く花は少ないものね。


「鉄屑〜〜、鉄屑〜〜お家にいらない鉄屑はありませんか?」


 他にも古い穴空き鍋のような鉄屑を集める少年がいる。


 鉄屑は集めて再利用される。

 集めて持って行くと小金が稼げるから、貧しい家の少年はよくやっているらしい。


「空き瓶はありませんか〜〜? 空き瓶〜」


 あ、今度は空き瓶回収の少年だ。

 ガラス瓶を綺麗に洗ってこちらも再利用される。



「……」


 子供が寒空の下でせっせと仕事していると、何かあげたくなるな。

  私は下の厨房でミートパイとマドレーヌを焼いた。

 丁度文官達に温かい食事をあげたかったので、丁度いい。


 ミートパイを文官に振る舞って、オヤツにマドレーヌも用意しておく。

 下働きの執事見習いのケビンに文官の食事やオヤツの配膳の事は任せてある。



「ケビン、一人で大丈夫?」

「はい、私は問題ありません。それより公爵邸のうさぎは元気でしょうか?」

「そう言えばしばらくあなたが面倒を見てくれていたわね。

ええ、大丈夫、元気よ。うさぎの赤ちゃんも日々成長しているわ」


「あの……奥様、今度戻れる時があれば、その時にまた触ってもいいですか?」


「ええ、もちろんいいわよ。私が転移陣で土日に公爵邸に戻るから、あなたも一緒に連れて帰るわ。休日を満喫なさい」

「ありがとうございます!!」



 さてはうさぎに情がうつってるわね。

 かわいいものね。



「とりあえず、出来上がったマドレーヌをお外で働く健気な子供達に配りましょう。

そこの扉付近の護衛騎士、二人程ついて来て」


「はい」

「かしこまりました」



 * *



 私はオヤツをバスケットに入れ、護衛騎士と一緒に外に出た。

 そして子供達に声をかけていく。



「はい、君達!! これあげる!! 寒い中、頑張っているから」


「これ、なあに?」

「いい匂いがする」

「差し入れのオヤツよ。甘くて美味しいもの」

「わあ!」



 そこでぐう〜〜と子供達のお腹が鳴った。



「あ、ありがとう! 綺麗なお姉さん!」

「ありがとう! 天使みたいなお姉さん!」

「ありがとう! 親切なお姉さん!」



 お姉さんというか、実は奥さんなんだけど、見た目が若いんだよね、ディアーナは。

 さらに豪奢な金髪ウェーブヘアーの美女だし。


 子供達にオヤツを配ったついでに街中を少し視察した。


 ドレスを飾る洋服屋のショーウインドウ前に立ち、じっと見てる女性がいた。

 見ていたのは子供サイズのワンピースだ。

 女性自身はくたびれた感じのシンプルな服をきてる。

 自分の娘にちょっといい服を買ってあげたいのだろうか?


「ゴホッ、ゴホン」



 通りすがりの道行く人が咳をしているのを聞いて、女性はハッとした顔で足速に立ち去った。



 去って行く女性の後ろ姿を見ながら私は思った。

 さっきの人、子供用ワンピースが欲しいのかな?

 ラヴィの着なくなった古着を神殿の寄付箱に突っ込む?


 でも都合よくあの人が神殿の寄付箱でそれを見つけるとも限らないし、できれば新品の方が嬉しいよね……。


 この世界だと節約の為に自分で布を買い、服を自作する主婦が多い。

 そうでなければ古着を買うらしい。


 前世で見た地球の物語で、主婦が型紙の貸し借りをやっていた。

 ──という事は、型紙さえ有れば作れる人は多いって事よね。


 私は店の1階の壁に貼り紙をした。


 内容はマスク製作の内職で規定の量までマスクを納品したら、ワンピースとシャツ、ブラウス、スカートとズボンのいずれかの型紙プレゼントというもの。

 マスク用の布や紐や針と糸まで支給する。


 沢山こなせば型紙コンプも夢ではない。

 型紙は子供用と大人用の両方を用意しておく。


 * *


 ややしてちらほらとマスク製作希望の主婦が現れた。

あのワンピースを見ていた女性もいた。

 この近くに住んでいる主婦なのだろう。



「奥様、またなんで口元を覆う布の製作依頼なんですか?」


 護衛騎士が首を傾げた。


「冬は咳してる人が多いでしょ?」

「はい」


「咳やくしゃみ、人との会話中も口を開ける度に目には見えない程小さな雑菌等が飛ぶのよ、飛沫に混ざって。

それで風邪とかが感染るので、咳が出てる人には人に感染させないように、是非マスクをしてほしいの。免疫力が低い、体の弱い人にとっては命取りになりかねない。それでいずれ沢山マスクを配る予定なの」



 いずれ疫病が流行ると原作にあったから、今から準備対策をしておく方がいい。

 被害を最小限にしたい。


 私は土曜に公爵邸にケビンも連れて戻った。

 ラヴィとケビンにも手作りのマドレーヌをあげたら喜んでいた。


 そして驚くべき事に、皇太子は行方不明になってから九日後、ひょっこりと帰って来た。

 皇城付近の公園に倒れていたそうな。


 しかも居なくなっていた間の記憶が無いらしい。

 故に今までどこにいたのか、どうやって皇城の近くの公園にたどり着いたのかも不明。


 一体なんだったの? 人騒がせな男ね。

 でもこれで旦那様も捜索任務から解放されたので公爵邸に戻って来た。



「お疲れ様でした。あなた、一緒にパイでも食べますか?」

「何のパイだ?」

「ミートパイかパンプキンパイですよ」

「じゃあミートで」


「はい、じゃあミートパイですね。今からお茶にするから誰かラヴィもサロンへ呼んで来てちょうだい」



 私は壁際に控えている使用人に声をかけた。



「はい、奥様」



 メイドがラヴィを呼びに行った。

 ──さて、温かいお茶を入れてから家族で一緒に、焼き立ての美味しいパイを食べましょうか。

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