第53話 黒い影と後継者

 影、としか呼べないような黒い存在が、私の頭上を飛んで行った。


 何アレ? ホラー!?


「あれは……今のはレイスか?」



 天幕側の護衛騎士が呆然と影が飛び去った方向、森の奥を眺めつつ言った。

 レイス!? レイスって……物理攻撃使えるのかしら?

 ゴースト的なアレよね?



「森の奥に入っていったが、大丈夫か、もう森の中に参加者は狩りに入って行ったぞ」

「まだ夜にもなってない午前中なのに、出るんだな、レイス」

「いや、時間は関係ないんだろう。気がつけば曇天だし。不吉だ」



 護衛騎士達はザワザワとあの黒い影の事を話題にしていた。



「皇太子殿下もおられるし、聖騎士を呼んだ方がいいのでは?」

「わざわざ聖騎士を? レイスは確か触れるだろ? 剣でも斬れるはず」

「え? ゴースト系に見えたが物理攻撃が効くのか?」


「触れるって確かなのか? 本当に斬れるのか?」

「私が斬った訳じゃないから、そこまで言われると自信がなくなって来た」


 ええ!? 結局どっちなのよ!?


「旦那様は大丈夫かしら?」

「きっと大丈夫ですよ、旦那様はお強いので」


 数時間後、旦那様は大きな魔獣の狼と熊と極彩色の鳥とオーク三体を狩って戻って来た。


「旦那様、ご無事で何よりでした」

「ああ」


 アレクシスが無事に戻って来た!!

 良かった!!


 他の参加者も大きな蛇とか中くらいの大きさのオオカミだとか、角の生えた兎だとかオークとかゴブリンなど多種多様なモンスターを狩って来ていた。


 ややして騒ぎが起こった。



「大変だ! どうやら皇太子殿下が行方不明だ!!」

「なんだと!? 護衛は何をしていた!?」

「護衛は皆倒れて意識を失っていたぞ!」

「もしかしてあのレイスの仕業か!?」


「隊長、やはり聖騎士を呼びませんか?」

「くそ、神殿に助けを請わねばならんのか」



 騎士達が大騒ぎする中、私は人目を避け、茂みの中でこそっと風の精霊に皇太子の行方が探せるか尋ねてみた。

 別に皇太子が心配な訳じゃないけど、何事なのかは気にはなるから。

 でも、風の精霊は分からないと言った。何かが邪魔をしてるようだ。


 ちなみに精霊相手に呪文の存在する攻撃命令などは出せても、このような特殊な会話、使い方が出来る者はそうそういない。

 特別に精霊と親和性の高い、精霊使いと言われる者のみだ。

 私は人にはこの能力の事は言ってない。面倒な事になりかねないので。



「とにかく急いで捜索隊を組んで森を」

「しかし、この森すごく広いぞ!?」

「仕方ないだろう! 消えたのが皇太子殿下だぞ?」


「なんですって!? 私の皇太子殿下が消えたですって!?」

「あ、皇太子妃殿下! ただいま皇太子殿下は捜索中です!!」



 騎士達の話を聞いてしまった皇太子妃殿下は顔面蒼白になっていた。


 我がエスペリア帝国の皇子は本来三人いた。

 しかし、第一皇子と第三皇子は既に亡くなっている。


 表向きの死因は事故死だが、実は権力争いで亡くなった。

 血生臭い事だ。


 それで唯一生き残っている皇子たる第二皇子が皇太子になっていた訳だけど、さて、皇太子が行方不明なったとなれば……大変だわ。


 仮に皇太子が永遠に見つからなくなった場合、他国に既に婚約者がいる皇女殿下が嫁に行くのを止めて国内で配偶者を探すか、それとも……。


 いやいや、あのクセモノ皇太子がそう簡単に行方不明で消えるとか……あり得るの? 

 ちょっとしたらひょっこり戻って来るのでは?


 そう思っていたのだけど、夕刻、いえ、夜になっても皇太子が戻らず、見つからないので、狩猟大会は中止で優勝者は無しになった。


 本体ならアレクシスの狩ってる巨大熊が強い魔獣だったし、数も結構多かったので優勝候補だったのだけど……。



 ともあれ私とアレクシスは無事に公爵家に戻った。


 そして狩猟大会から三日経過した。

 行方不明の皇太子はまだ見つからない。


 私は皇室の噂話を仕入れようと、レジーナと一緒に水タバコの店に来た。

 この店は貴族達の……紳士淑女のダベリ場になっているから。

 

 私とラヴィのガヴァネスのレジーナは黙って水タバコを吸いながら、周囲の噂話に、聞き耳を立てた。



「皇太子殿下が行方不明になって三日経ったんですね、帝国はどうなるのでしょう」

「まだ皇帝自体がお元気でいらっしゃるから、当分大丈夫でしょう」

「皇女殿下もおられるので」


「春には毎年皇室主催のパーティーが開かれますが、皇太子殿下がおられない時はどうなるのでしょう? 

中止の知らせは来てませんわよね?」

「ええ、我が家門にも来ていませんわ」

「今、他国に留学中の皇女殿下を呼び戻すのでは?」



 やっぱり皇太子が行方不明とか……おかしいな、こんな展開、原作には無かった。


 この帝国は原作通りなら……ラスボスディアーナの、つまり魔王の手によって一旦滅びる訳だけど。

 今の私がこんなんで、ラスボスルートから外れた気がするから、訳わかんない展開になってる気がする。


 最後に勇者ハルトと聖女ラヴィアーナがこの国の新しいトップとして、この国を支えていくのが原作の流れ。

 そこだけは外れずにいって欲しい。

 あんな現在の鬼畜皇室は解体でいいんで。

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