第52話 奥様と狩猟大会。

 狩猟大会現地に着いた。

 吐く息は白く、寒い。

 多くの貴族と侍従達が冬の森へ集まっている。


 そんな中、私はアレクシスに問うた。



「リボンに刺繍をいたしました。腕に巻きますか? それとも剣の柄に巻きますか?」

「其方手ずから刺繍を?」


 自作か疑われた。鋭い。

 最初ズルして人に頼もうとしたけど、自分で縫ってよかった。



「ええ。人頼みにすればバレた時に恥をかきますので」

「……では、柄は汚れやすいだろうから腕に」



 私はアレクシスの左腕上部にリボンを結んだ。

 まさか氷の公爵と言われるこの人がリボンが汚れる可能性まで気にしてくれるとは。



「どうぞ、ご無事でお戻りを」

「ああ」



 アレクシスはそう言って、部下の騎士達の元へ行った。


 メアリーがほっこりした目でこちらを見ている。


 温かい目で見るのは止めて。

 恥ずかしくなるから。


 周囲を見渡すと皆刺繍入りハンカチやリボンを贈られている騎士や令嬢の姿があった。

 ざわめきが聴こえた。



「ごきげんよう、ディアーナ」



 皇太子!!

 何を馴れ馴れしくファーストネー厶で呼んでるんだ。

 ここはアドライド公爵夫人と呼べよ。



「帝国の若き太陽、皇太子殿下に公爵家のアドライドがご挨拶を申し上げます」


「堅苦しい挨拶はいいよ、我々の仲ではないか」

「恐れ入ります」



 どんな仲だよ、魔力無しの時は暖簾に腕押しのほぼ塩対応だったろうに。

 私はあからさまに違うだろうが! と、皇太子相手に突っ込む事も出来ずに曖昧な笑顔を浮かべた。


「我々の贈った御守りのペンダントは身に着けてくれただろうか?」



 来たな、本題。



「恐れ多くももったいなく、傷などつかぬように大事に金庫の中にしまっております」

「おやおや、あれは身に着けてこそ効力を発する物であると説明をされなかったかな?」

「確かにそう伺っておりますが、私の身には夫に贈られた御守りが既にあり、効果が喧嘩するといけませんので」


「それか? ただの粗末な色の付いた紐に見えるが」



 粗末とかはっきり言うな!! ラヴィが夫に薦めたんだぞ!



「組紐は丁寧に想いを込めて編まれる物であり、人との縁を繋ぐものです。永久に固く結ばれるようにと」


「糸では鎖と違って簡単に切れてしまいそうな物だがな」

「たとえこのブレスレットが切れる事があっても、これを選んで贈って下さった時の旦那様の真心は永遠だと信じております」


「これはこれは……予想以上に夫婦仲が良かったのだな」

「皇太子殿下も皇太子妃殿下にハンカチかリボンを贈られたのでしょう?」

「ああ、ハンカチに家紋の刺繍を入れてくれたよ」



 そう言って、皇太子はポケットからハンカチを取り出して見せてくれた。

 いらんけど。



「流石皇太子妃、刺繍も見事な腕前ですわ」



 皇家の家紋は獅子と剣だ。

 見事な刺繍だった。

 私は皇太子妃の存在を忘れるな、今更私に粉をかけるなとアピールする。


 すると皇太子妃が現れた。



「あら、私の刺繍入りハンカチがアドライド公爵夫人にお褒めをいただいたようで、ありがとうございます」

「皇太子妃殿下に、おかれましては本日も冬空の下にも咲き誇る花の如く麗しく……」

「そんな堅苦しい挨拶はいいわ。寒いですし、そろそろ天幕に戻りましょう、殿下」



 皇太子の腕に寒いわ! 温めて! とでもいうかのように腕を絡ませる妃殿下。

 私の男アピールだな、いいぞ、もっとやれ!

 そのまま天幕へ連れ戻せ! ……よし、行った!!


「そう言えば、私も寒いですわ。私の旦那様……は……と」



 見つけた! と言わんばかりに騎士達の側にいた旦那様に小走りで駆け寄る私。

 一瞬皇太子がこちらをチラリと振り返る気配がした気がしたけど、知らん! 無視!!


 他の男のもとに走る私を、今更物欲しそうに見ても無駄です!


 天幕に戻り、貴族たちが会いに来て挨拶を交わす間も、私は夫以外眼中ありませんの態度を崩さなかった。


 以前とまるで違う姿に違和感を覚える人多数だったようだけど、気にしない。

 気にしたら負け。


 やがて開会式が始まり、本格的に狩猟大会が始まった。


 天幕にはほぼレディや侍従達のみ残っている。

 護衛騎士達は天幕の外に立っている。


 この物語の本格的な始まりはラヴィが聖女として覚醒するあたりからなので、まだそんなに大きな事件はこのタイミングでは起きないはずなんだけど、外の空気を吸いに天幕の外に出た時に、悲鳴が聴こえた。


 想像以上に強い魔獣でもいたのかしら?


 風に乗って血の臭いがした。

 ざわりと全身が総毛立つこの感覚。


 ──不意に頭上に暗い影が落ちて来た……ように感じた。


 私の目の前に突如として、現れたのは──……

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