第51話 みかんパンと狩猟大会の準備
「あら? メアリー、私、コタツ中で寝落ちしてなかったかしら?」
「奥様がかぐや姫の贈り物の中で寝てしまわれたと旦那様に報告したら、こちらに来てベッドまで運んでくださったのです」
「え? アレクシスが自ら? 執事や護衛騎士じゃなくて?」
「はい、旦那様ですよ、執事や騎士に夫人をベッドまで運ばせるのが微妙だと思われたのでしょう」
あらー、全く気がつかず寝てしまっていたわ。
まあお礼はまとめてリボンを渡す時にしましょう。
そして箱いっぱいのみかんを見て、かぐや姫から沢山もらった事に気がついたので。
食べ切る前にカビたらもったいないから思いつきを実行する事にした。
私はみかんを一つだけ手にして、部屋から廊下に出ると、オッパブ、いえ、オッパラで私の邪魔をしてくれた騎士のエレン卿に声をかけた。
「エレン卿、あなた、暇? 暇よね」
「護衛任務中なので暇な訳ではありません」
「以前私のたわわ堪能タイムを邪魔した罰よ。
このみかんを剥いてちょうだい。手袋脱いで、手を洗ってからね」
「え!?」
「料理人の仕事だと思うでしょうけど、これは罰であり、お返しなのよ。
嫌ならあなたの胸筋を揉みしだくわよ、あのたわわなお姉さんの代わりに。
さあ、服をお脱ぎなさい」
「果物を剥かせていただきます! 手を洗ってきます!」
そう言ってエレン卿は逃げるように水のある場所へ走って行った。
……やはり胸筋を揉みしだかれるのは恥ずかしいのね。
減るもんじゃないとは思うけれど。
旦那様のアレクシスはよく耐えてくれたわ。
私達はせっせとおみかんの皮を剥いて、料理長に剥いたみかんを届けた。
「料理長、これを使ってみかん風味の食パンを焼いてほしいの。
水を使わずにみかんの水分だけで捏ねあげてね。
砂糖、塩、バター、ふくらし粉等は普通に使って。
あ、ベタつくようならレモンシロップ等も使っていいから」
「かしこまりました」
ランチの時間。
ラヴィとエレン卿も私のコタツに招待した。
「今日のランチのパンはエレン卿も手伝ってくれたのよ」
「え!? そうなんですか? エレン卿も料理ができるのですか?」
「お嬢様、私はひたすら果実の皮剥きをお手伝いしただけです」
ラヴィは何故騎士がそんな事を? という顔を一瞬したけど、
「私が頼んだの。沢山のみかんが食べ切る前に腐るともったいないから」
私に頼まれたからと、小さく頷いて、納得したようだ。
素直。
「ともかく焼き立てパンよ、温かいうちにいただきましょう」
見事に焼きあがったパンをランチでいただいたら、柑橘系の爽やか風味が足されたパンはとても美味しかった。
「お母様、このパン美味しいです!」
「私も苦労して剥いた甲斐がありました。とても美味しいですね」
良かった!!
「あ、メアリーもコタツに一緒にいらっしゃい、あなたも剥いてくれたじゃない」
「いえ、私はそんな」
「私の部屋の中だし、身分は気にせずに。誰にも言わないから。
ね、二人とも」
私はラヴィとエレン卿に同意を求めた。
「「はい」」
私の説得と二人の力強い肯定に折れたメアリー。
四人で仲良くコタツの中で焼き立てのみかんパンを食べた。
焼いたウインナーに目玉焼きとポタージュスープ等もある。
ちなみにこのみかんパンは旦那様の執務室にも届けられている。
家令に聞いたらちゃんと出された分は完食してたから、美味しかったんだと思う。
* *
狩猟大会前夜となった。
晩餐の時にアレクシスにこんな事を問われた。
「ディアーナ、其方、私に……皇太子に勝って欲しいと思うか?」
狩猟大会ではより強い魔獣を多く狩った者が優勝する訳だけど、めちゃくちゃ強い魔獣を狩った人には雑魚を沢山狩っても数だけでは敵わない。
なんならAランクやSランクの魔獣なら一匹でも勝てる事がある。
狩りの腕で勝てる自信があるから、アレクシスはこんな事を聞くのよね?
──かっこいいじゃない……私の旦那様。
妻に対する気遣いも感じるし。
──でも、そうね、相手は呪いのペンダントを贈ってくるような相手……。
「皇族を怒らせて得になる事などございませんから、不興をかいたく無ければ花を持たせるのもよろしいかと思います。しかし……あなたが勝ちたいなら、どうぞ、ご随意に」
もしまた戦争になったら、人殺しは嫌だけど、勝って生き残ればいい。
貴族は誇りを重んじるものだから……。
アレクシスはそうやって厳しく躾けられて生きて来たのは、原作を読んだ私は知っている。
「そうか」
「あの……お父様が勝つと困る事になるのですか?」
ラヴィが訊いて来たので私はうっかり正直に答えしまった。
「嫌がらせにまた出征させられないとも限らないわね」
「せ、戦争ですか? 嫌です、また戦争に行かれるなんて。
お父様、ここは皇太子殿下にお譲りしましょう。
お父様がお強いのは皆んな知ってますから!」
「そうか、とにかく当日の流れを見て決めるとしよう」
ラヴィはアレクシスが「分かった」とは言わなかったので、不安げな顔をしていた。
* *
ついに真冬の狩猟大会当日が来た。
本日のコーデは防寒用の上品な白いコート。
スズランに似たスノーフレークの花のイヤリングと髪飾り。
それに白とグリーン基調の可憐なドレス。
緑色の部分は毒素など無い天然素材の葉っぱから色を出しているから安心。
狩猟大会だし、強そうな赤の方が良かったかしら?
そんな事を考えてたら、ラヴィがうっとりと見惚れるような顔で言った。
「……わあ、お母様、スノーフレークの妖精みたいでかわいいです」
「ありがとう、ラヴィ」
ラヴィはまだ社交界デヴューもしていない子供なのでお留守番だ。
代わりにラヴィはお守り代わりに自分が刺繍したハンカチを父親たるアレクシスに渡した。
ハンカチには幸運を運ぶという青い鳥が刺繍されている。
「ありがとう」
「お父様、お気をつけて」
「ああ」
私も現地に着いたら、アレクシスの腕に刺繍入りのリボンを巻く予定だ。
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