第45話 可愛いおねだりと孤独な人。
ラヴィが突然私におねだりをしてきた。
しかしそれはとても可愛いらしい事だった。
「一緒に寝てほしい?」
「雪祭りの三日間だけでも……駄目ですか?」
「まあ! 私の可愛いうさちゃんは寂しがりね! いいわよ、最近とても寒いし」
私はラヴィをよいしょと抱き上げて頬擦りしてあげる。
ラヴィは一瞬びっくりしたようだけど、嬉しそうに返事をした。
「はい!!」
一般的に貴族の子は早めに親離れさせようとするものみたいだけど、吹雪が止んでも寒いものは寒いしね、冬だもの。
そんな訳で今夜から三日間はラヴィに添い寝する。
入浴を終え、私は寝室へ向かった。
暖炉の火がオレンジ色の光を放つ。
メイドのお世話でよく暖められた部屋の中、私は指先で空中に魔法陣を描き、髪を乾かす。
魔法陣から温風を出しているのだ。
そしてブラシを手に、ディアーナの美しい金髪を手入れする。
ややしてノックの音がしてラヴィが入って来た。
「まあ、ラヴィったら、まだ髪が乾いてないじゃない。ちゃんと乾かして来ないと風邪をひくでしょう」
「こ、ここでお母様と一緒に乾かします」
ラヴィは抱いていた枕を急いで私のベッドに置いてから、小走りで暖炉前に戻って来た。
「困った子ね」
そう言いつつも、私はラヴィの髪をブラシで梳きながら、温風を送る。
きちんと乾かしてからベッドに入る。
同じ石鹸を使っているけど、いい香りだなぁと思いつつ、ラヴィと一緒に寝た。
子供の体温は大人より温かい。
布団の中でぬくぬくとしていたら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
* *
〜旦那様 アレクシスサイド〜
私は今夜も執務室に山ほどある仕事を片付けていた。
そして今、新たに公爵家の護衛騎士たるエレン卿の持って来た報告書に目を通す。
「閣下、奥様がやたら外に出て、花街など行かれるのは……こう、言いにくい話ですが、もしかしたら……よ、欲求不満なのでは?」
護衛騎士のエレン卿がやや顔を赤らめつつも、ついにそんな事を口にして来た。
私の指示で夜に抜け出したディアーナを歓楽街の店まで迎えに行かせているのは、この男ではあるんだが。
「随分と踏みこんでくるではないか、エレン卿。
妻の寝室に通わない夫の私を責めているのか?」
「いえ、責めてなどおりません、もう少し、歩み寄って見てもいいのではと。
奥様は最近、積極的にパーティーにも行かれませんし、花街に通われるよりは……と」
私は初夜以外、ディアーナを、妻を放置していたのだ。まだ皇太子を忘れずにいたと気がついていたから……。
最近は何故か風向きが変わったような気はしているが。
何しろあの呪いのペンダントの件。
身につけた者の力を奪って、そのあげく死に至る細工をしていた……。
百年の恋も冷めてもおかしくない。
いや、愛が憎しみに変わってもおかしくない。
ゆえに怒りのまま歓楽街に……。
しかし、この私が今更どの面下げてそんな事を……。
とはいえ、またいつこっそりと歓楽街に行こうとするか分からないな。
──はあ、頭が痛い。
「もういい、仕事に戻れ」
「はい」
なんとなく、部下に言われたからではないが、執務室を出て、入浴を済ませてから妻の寝室の近くまで来た。
そして私は扉近くにいる見張りに声をかけた。
「妻はちゃんと部屋にいるか?」
「はい。今夜はラヴィアーナお嬢様が奥様と一緒に寝るのだと枕持参で来られたので、流石に中で大人しくされていると思います」
「ラヴィアーナがいるのか、じゃあ今夜は抜け出さないな」
私はそう言って踵を返し、自室に向かった。
──ほらみろ、なんとも間が悪い事だ。
危うく寝室に踏み込んだら気まずい思いをするところだった。
わざわざ先に風呂まで入って馬鹿みたいだ。
──いや、風呂など清潔が大事だから入っているだけだ。
関係ない、今さら別に何も期待などしていない。
ふれあいだの、ぬくもりだのは、私の人生には関わりがない。
昔から無い。
そういう風に生きて来た。
冷酷で、厳しく、残酷な父の教えだ。
アドライドの公爵家の跡継ぎたる者、常に冷静沈着に、情に流される事なく、己を律して生きていく……。
鞭の痛みと共に、この身に刻まれている。
幼い私が、両親に愛を、愛情やぬくもりを欲しても、甘えるなと暗い部屋に閉じ込められた。
孤独と暗闇と鍛錬と痛みと勉強と冷徹と血生臭い戦場の記憶。
そういうもので、私は出来ている。
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