第37話 夜中にコソコソ、ゴソゴソと。

 冬の夜。


 真夜中。


 私は静かに夫の寝室のドアを開けて侵入する。

 ベッドの上で寝ている旦那様の側に忍び寄る。


「旦那様……」


 ベッドに乗って、更に旦那様の上に馬乗りになり、静かに呼びかける私。

 瞼を開く旦那様。


「……何をしている?」


 今の状態、夜着のまま旦那様に馬乗りになって、まるで夜這いに来たような姿である。


「大事なお話があって忍んで来ました」

「話なら執務室ですれば……」


 旦那様は半眼になって静かに語るが、私はなりゆきを説明をする。


「執務室は家令や文官がいたりして、人払いが面倒なんですよ」

「どんな話だ?」


「皇太子夫妻から贈られた物だと使者が持って来たペンダントが……」

「が?」

「例のオークションで旦那様が落札した鑑定本で、ペンダントを鑑定した結果ですが……」

「が……?」


「お守りと偽って、私の魔力を根こそぎ奪って殺す術式が組まれていました」

「奪う? 人の魔力を?」


 旦那様は眉を跳ね上げて、眉間に皺を刻む。


「一旦はペンダントの石に魔力を貯め込むようなのですが、魔力枯渇で私の命が終わる時、後に身に宿る魔核ごと移植される術式のようで、術式の指定相手の皇太子が私の全属性の魔力を扱えるようになるようです」


 貴重な全属性の魔力を!! 


「それはとんでもない術式だな。単に魔力を枯渇させて命を奪うだけの呪いより難しいぞ。そんな複雑な術式を使える大物が其方の魔力を狙っている皇太子に手を貸したという事か……」


「とにかく皇太子は危険な男です。外面の良さに騙されないでください」

「あの男に騙されていたのは其方の方だな」


 それは原作ディアーナの方!!


「……過去の事です」

「とにかく、其方が鑑定本を手に入れた事や古代語が読める事は知らなかったようだな」


「もしかしたら鑑定本入手までは知っていた可能性はあるでしょうが、古代語が出来る者が公爵家にいるとは思って無かったのでしょうね。私はアカデミーにすら行けてないですし。旦那様は学者系ではなく武門の方ですし」


「……ふん、皇家の者はつくづく度し難いな」

「とにかく、全く頭にくる話ですが、娘もまだ幼い子供ですから、今、表立って皇家と争うような事は……戦争はしたくはないのです」

「……そうか」



 戦争は人が沢山死んで、危険なので!!



「私は呪いのペンダントを厳重に封印しました。どこかで皇太子にお守りは身につけているかと問われたら、呪いの術式には全く気付かないフリで、もったいないから傷つけないように大事にしまっているという言い訳でいきますので」

「そうか……」


「話は終わりです、では、夜中に起こしてすみませんでした」


 私はそう言ってそのまま旦那様のベッドの布団に潜り込んだ。


「待て、どうして隣りで寝ようとしてる?」

「今自分の部屋のベッドに戻ったらお布団冷たくなってるじゃないですか。真冬なんですよ」

「……」


 旦那様の温もりの残るベッドでそのまま寝ようとする私。

 旦那様は呆れたように一つため息を吐いて、それから私から背を向け、横向きになった。

 このまま寝る事を許されたようだ。


「おやすみなさい」

「……」

 私の言ったおやすみに返事は無かったが、布団から追い出される事はなかったので、よかった。

 まあ、皇太子に魔力と命を狙われてる哀れな妻を無理矢理追い返すほど冷たい人ではなかったようである。


 あー、しかしあいつ、皇太子め!! 腹立つ!

 明日はストレス解消にお酒でも飲もうかな!?

 カラオケも無い世界じゃ歌って憂さ晴らしも出来ない!!


 ……待てよ……憂さ晴らし……? 夜の街にでも繰り出そうかな?

 こっそりと。


 冷たい布団に戻るのは嫌だけど、夜の街には興味あるわ。

 とくに歓楽街。


 ニヤリと笑んで、私はそっとベッドから抜け出て、自室へ向かう。

 まず平民風の服に着替えてから行かないとね。


 お忍びだからね。


 旦那様は私がやっぱり寝付け無くて自室に戻っただけだと思ったのだろう。

 そっと旦那様の部屋から出て行っても止められる事はなかった。

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