第36話 過剰なストレス

 公爵邸のサロンでレジーナ・ケイティ・オルコット夫人とお茶をしながら相談事。



「アギレイに赴任してくれる文官の募集ですか?」

「はい」



 アカデミーにも行っていないディアーナなので、文官のアテが自分にない。

 なのでとりあえずラビィのガヴァネスのレジーナに相談してみた。

 学の有る人には学の有る知人がいるのでは? と。


「上に兄弟がいて家が継げずに就職先を探している令息あたりに何人か声をかけてみます」

「よろしくお願いします。それと、誠実で学があるなら女性でもいいですわ」

「承知しました」


 

 とりあえずアギレイの文官探しは依頼できた。


 次は薬草園が作れそうな土地の下見。


 その次は衛生問題解決のため、トイレを増やすため、ウイッグまで被り、男装して自ら出張。


 土魔法で一日一軒分は自分で作り、 他は普通に大工などに頼む。

 以前のように魔力が豊富にないから、自分でやるのは一日一箇所がせいぜい。


 コツコツやろう、地道に。


「これ、どう考えても貴人がやる仕事ではないと思うのですが」


 土魔法を使ってるとはいえ、土木工事のような事をする私を見かねて護衛騎士が渋い顔でそう言った。



「窓から汚物を捨てられたら疫病が発生するからトイレ増設は必要なの、私が一つでも多く作れば経費削減出来るし」

「それは、そうでしょうが」


 納得いかない様子の騎士だったが、貴人ゆえにそこに責任が伴うと私は思う。

 この領地に住む人々の健康を守らねば。

 まあ、全て大工とかに依頼しろって言いたいのは分かるけど。


 そこに使用人が荷馬車で荷物を運んで来た。



「ご主人様、神殿の魔法陣から荷物が届きました。

コーヒーショップに依頼していた使用済みコーヒーの抽出かすだそうです」


「ありがとう、それはあのトイレの容器の臭い消しに使うから隣りの倉庫に」

「かしこまりました」


 そうだ、衛生問題といえば、針子に布マスクも念の為に作って貰おうかな?


 いや、冬の手仕事探してる世間の主婦でも型紙渡せば作れると思うから、そっちに頼むかな。

 小遣い稼ぎが出来ると喜ぶ人もいるでしょう。


 救貧院で仕事探してる人もいるだろうし。

 トイレ建設よりかは依頼料もかからない。

 資金運用もある程度は計画的に。


 地道に仕事をこなしてひと月ほど経ったある日。


「奥様、贈り物を届けに使者が来られております」

「どなたからの使者ですって?」

「皇太子夫妻からです」


 はあ? なんでまた?


 とりあえず使者に会って、贈り物を受け取った。

 箱を開けると、赤い石のついたペンダントが入っていた。



「これは? チェーン長めのペンダントのようだけど」

「お守りなので心臓に近い位置に身に着ける事で効果があるそうです。

服の下などに」


「お守り?」

「特別な魔力を持つ方のみ扱えるものらしいのです」


 使者はそう説明して、去って行った。

 私はこれは鑑定本の出番だなと、自分の工房に行った。


 旦那様がオークションで落札して、私にくれたアーティファクトの鑑定本の上にお守りペンダントをかざすと、説明文が古代語で浮き上がる。


【魔力吸収の術式を組まれた魔石のペンダント。

心臓に近い位置に身に着ける事で、より効率良く魔力を吸収。

吸収された魔力は術式の主たるフリードリヒのみ吸収可能。

フリードリヒは魔石に吸収された魔力を自分の物にできる。

※ 魔力を奪われた対象は死に至る】


「…………」



 魔力を奪われた対象は死に至る……つまり私が魔力を奪われて死ぬ!!

 術式の主がフリードリヒ!!


 あのクソ皇太子!! 

 原作ディアーナを袖にした挙句、魔力搾り取って殺そうとしてる!!


 私の魔力は全属性な上に貴重な治癒魔法まで使える。

 とても貴重な力だ。

 いずれ継ぐ帝国での自分の支配基盤を盤石にしたくてこんな事を?


 あいつ、私が鑑定本を持ってる事を知らなかった?

 いや、それを知っていても、アカデミーにすら行ってない私が古代語など読めるはずがないと思ってこんな罠を!?


 原作ディアーナはあんな顔だけ男の何がよくて惚れてたのよ!?

 やっぱ顔なの!? 容姿なの!?

 外面だけいい悪い男に惹かれる年頃だったの!?

 本性を知らなかったの!?


 くっそムカつく!! しれっと暗殺を企てるどころか魔力まで奪おうとしてる!!

 

 あいつ、どうしてくれよう!! 

 でも、相手は皇帝の息子の皇太子!!


 バカ正直に「お前殺しの呪いのペンダントをお守りのフリして贈っただろ!」

 とか問い詰めたら公爵家と戦争になってしまう。

 知らんぷりして家のどこかに厳重に封印するしかないかな。


 ムカつくけど、ラヴィもまだ小さいし、今、クーデターとか戦争を起こすわけにもいかない。

 将来起こる、疫病対策とか色々いるし。


 でも、旦那様には言っておかないと、皇帝だけでなく皇太子も警戒対象だと。


 ──あ、まさか、皇太子との再婚、側妃縁談を私が蹴った腹いせじゃないでしょうね!?

 プライドが傷ついたとか……?


 知らんわ! 先に昔のディアーナを振ったのはお前だろうが!!

 あまりの怒りで暗殺とか罠の恐怖を上回ったわ!!


 一人で激怒していたら、雷鳴が轟き、その音でハッと我に帰る。

 いけない、風と水の精霊が荒れて嵐を呼んでる気がする。


 私の配下の精霊が、周囲の天気に影響を与えている!

 あああっ!! イライラしたせいでストレスが!!


 ダメだ、ラスボス候補ルートからせっかく外れたはずなのに!

 ストレスは、負の感情はダメ────っ!!

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